現場の看護師は身体を動かせない患者のかすかな動きを読み取っている(写真:mapo/イメージマート)
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 病気や障害によってほとんど身体を動かすことができない人たちがいる。わずかな筋肉の力の入り方や眼球の動きから、看護師や専門家はこうした患者の心を読み取ろうとする。ほとんど動かない身体は、私たちに何を語りかけるのか。『交流する身体 〈病い〉と〈ケア〉の現象学』(講談社学術文庫)を上梓した東京都立大学健康福祉学部看護学科教授で看護師の西村ユミ氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──先生は長年、重度の障害でほとんど身体が動かない患者や、意思疎通ができない患者とのコミュニケーションをテーマにされてきました。どのような思いで、こうしたテーマを扱ってこられたのでしょうか?

西村ユミ氏(以下、西村):私は看護師の現場経験は2年だけですが、その間は、脳梗塞、脳出血、神経難病、植物状態など、コミュニケーションが非常に難しい患者さんが数多く入院している神経内科病棟に勤務しました。毎日そうした患者さんたちと向き合った体験が私の研究の基礎にあります。

 たとえば、植物状態にある患者さんに看護師が声をかけると、何か反応らしきものが見られます。ただ、何を伝えたいのか分かる気もするけれど、それは看護師がそう感じているだけで、実際に何を伝えようとしているのか、何が起こっているのかはなんとも説明できません。

 そこで、どのようなコミュニケーションが行われているのか、さまざまな測定器を使ってみたり、フィールドワークをしたりもしてみました。その中で、そうした事柄を言語化するために効果的な方法として最終的にたどり着いたのが、現象学による分析方法でした。

 患者が物理的に動かなくても、看護師がとまどったり、抵抗感を覚えたり、あるいはもっと前のめりになったりすれば、身体のある種の感覚や振る舞いに表れます。そこには、ある意味では、言葉以上に表現やコミュニケーションが込められています。

 自覚せずに状況や他者への応答の中に生起している私たちの身体性が、私たちがさまざまななことを理解する助けになるという実感があるので、私は看護や現象学を通したこうしたかすかな反応の分析のような研究を続けてきました。

 それを自分なりにまとめた本が、2001年に出版した『語りかける身体 看護ケアの現象学』です。対して、今回の本は、2人の看護学生(一人は後に新人看護師)が、病院で患者をケアする経験を通して感じたことを、私が2人に聞き取りをするという形でまとめました。

 特に看護学生のAさんの実習先は神経難病の患者さんを看る病棟でしたから、私の関心もあって、本書ではそうしたコミュニケーションがほとんどできない人との関わりがクローズアップされています。