自分の感情にどのように向き合えばいいのだろうか(写真:beauty_box/イメージマート)
目次

 サービス業の現場だけでなく、職場や家庭、SNSでも「空気を読み」「相手の気持ちを察する」ことが求められる。そうした見えない感情のやりとりに、息苦しさや疲れを覚えている人は少なくないだろう。現代における感情労働とは何か。『感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』を上梓した恩蔵絢子氏に話を聞いた。(聞き手:飯島渉琉)

なぜ今あらためて「感情労働」なのか

──今回の書籍では、「感情労働」というテーマを取り上げています。どんな問題意識から書き始めたのでしょうか。

恩蔵絢子氏(以下、恩蔵):私自身ずっと「感情の扱い」に困ってきました。感情は、生きていくうえでとても大事ですが、そのまま出すと人とぶつかります。相手には相手の感情があるし、自分の本音を出すのも、相手の本音を読み取るのも難しい。その戸惑いが、私の中の根本的な問題意識としてずっとありました。

 またコロナ禍以降、他者から返ってくる笑顔がどこか「はんこ」的なものに見える瞬間が増えました。そんなとき、アメリカの社会学者アーリー・ホックシールド氏が提唱した「感情労働」の概念を思い出しました。私たちは企業や社会が求める型に自分の感情を合わせている側面があるとホックシールド氏は論じています。

 そのような視点も踏まえて「感情労働」をもう一度ゼロから考え直したい。そこから、この本を書き始めました。

──本書では感情について、脳科学の視点で解説しています。改めて、感情とはどのようなものだとお考えですか。

恩蔵:私にとって感情は、「すべて判明する前に、自分を動かしてくれるもの」です。典型的なのが、道端でヘビのようなものを見たときの反応です。目の前にあるものが本当にヘビなのか、よく見る前に私たちは冷や汗をかいて無意識に身体を動かします。安全な場所に飛び退いてから初めて「真っ黒な紐だったかもしれない」と冷静に分析できる。

 このように「安全な場所」に自分を移動させる素早い身体反応こそが感情の大本です。重要なのは、この最初の動きが自分の意思や理性によるコントロールのずっと手前にあることです。

 私は人間の脳を「ぬかみそ」のように捉えています。ぬかみそは放っておいても勝手に発酵していきますよね。でも、手を加えることでよりおいしく整えることができる。感情も同じで、放っておいても勝手に動くけれど、「さっきの反応は違ったかもしれない」「こういう考え方はやめよう」と後から手入れをすることによって、豊かになっていくと考えています。

──ホックシールド氏の提唱した「感情労働」は、私たちのどのような側面をすくい取る概念なのでしょうか。