「感情の動き」に向き合う心構え

──本書で、アメリカの心理学者ダニエル・ゴールマンが提唱したEQ(Emotional Intelligence Quotient)について書かれています。EQとはどんな能力で、どのように育まれていくのでしょうか。

恩蔵:IQが「どれだけ早く正解にたどりつけるか」を測る指標だとすれば、EQは「自分と他者の感情にどれだけ気づけるか」を示す能力です。自分が今、何を感じているのかを正確にモニタリングし、相手がどんな気持ちでその行動をとっているかに気づける人は、自分の居場所も他人の居場所もつくることができると言われています。

 ある研究では、グループで成果を出すうえで決定的なのは、メンバーのIQの高さではなく、EQの高い人がいるかどうかだと示されています。メンバーの感情に敏感で、その人の長所が活きる環境をつくれる人がいると、チーム全体として生み出されるアウトプットの質が上がる。

 看護や介護、保育など「エッセンシャルワーカー」と呼ばれてきた職種でも、EQの高い人ほど仕事の満足度が高いことが示されています。

 では、EQはどう育つのかというと、私は「感情は冒険によって鍛えられる」と考えています。知らない場所に出ていき、「自分が思ってもみなかった事態」に出会うとき、感情は最も大きく動きますよね。そこで戸惑い、傷つき、ときに人とぶつかり合う。その一つひとつの経験を通じて、「こういうとき自分はこう感じるのか」「相手はこういう心の動きをしているのか」と学習していきます。

 もちろん、ぶつかり合いは苦しいです。だからこそ、安全基地が必要になります。自分も冒険すると同時に、相手の冒険も見守る。その相互性の中でこそ、EQは育まれていくのだと思います。

──こうした「感情の動き」に向き合うために、私たちはどんな心構えを持てばよいでしょうか。

恩蔵:言葉は、常に感情の動きに対する「後付け」になるので、この感情についての説明に、本当になっているのかというところを常に疑問に感じています。

 私たちが自分で理解し、説明できる領域はごく一部で、それ以上に大きな動きの中で私たちは生きています。この全体像を完全に理解することは、おそらく誰にもできないのだと考えています。だからこそ、「全部わかろう」とするよりも、「今、自分の中でどんな動きが起きているのかに、少しでも多く気づこう」とすることが大事だと思います。

 感情は、悪いものではありません。むしろ、不確実な世界を生き延びるために、私たちの脳が発明してきた最も根源的な仕組みです。その動きを止めるのではなく、どう使っていくかを考え直すこと。そういう発想の転換を「感情労働の未来」であると考えています。

恩蔵 絢子(おんぞう・あやこ)
脳科学者。東京工業大学大学院後期博士課程修了(学術博士)。専門は人間の感情のメカニズムと自意識。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』(河出書房新社)、訳書にジョナサン・コール著『顔の科学』(PHP研究所 茂木健一郎監訳)、アンナ・レンブケ著『ドーパミン中毒』(新潮新書)、茂木健一郎著『生きがい』(新潮文庫)など。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学非常勤講師。

飯島 渉琉(いいじま・わたる)
はり師・きゅう師資格取得後、武蔵野大学通信教育部心理学科卒業。2024年から静岡県伊豆市地域おこし協力隊として伊豆市のコミュニティFM局で企画・構成・編集・パーソナリティとして活動中。音声コンテンツ・映像コンテンツ制作に勤しみながら、YouTubeチャンネル「著者が語る」に参画。