親露派学者に感じる怒り
井上:1917年にロシア革命がありました。ツァーリの専制体制を打倒して、共産主義体制ができました。革命の先頭に立ったのはボリシェヴィキ(レーニンの左派一派)の前衛エリートでしたが、民衆がそれを支持して蜂起しなければ成功しなかったはずです。
その共産主義体制は、ツァーリの専制政治などよりはるかに強固な全体主義的統制を70年間続けましたが、冷戦崩壊後に解体され、ロシアは民主化しました。
その後、エリツィン大統領の失政で経済が混乱し、プーチン体制に変わりましたが、プーチン大統領もあくどい権謀術数を駆使したとはいえ、経済を立て直して国民の絶大な支持を得てその権力を強化しました。
わずか1世紀の間に、極めてラディカルな体制変革をロシア国民は2回もやっているのです。
──変わる力のある国なのですね。
井上:独裁化を進め、国益よりも自己の権力保持を優先させているプーチン大統領に対して、彼がこのまま暴走を続けるなら、ロシア国民が不満を噴出させ、もう一度体制変革のために立ち上がる可能性はあると思います。

実際、ロシアのエリート層や軍部、ロシア連邦保安庁(FSB)のような人たちの中にさえ、このままではまずいと考えている人たちはいます。クーデターが起こる可能性は十分にあるのです。
クーデターが成功するためにはロシア国民の支持が必要です。1991年にソ連が崩壊し、ロシアが民主化していくときも、大勢の国民がそれを支持して結集したので、軍隊は動きませんでした。ロシア人をなめちゃいけません。
私が特に怒りを感じるのは、日本の親露派の学者たちです。具体的には名前を言いませんが、対露融和主義の人が何人もいます。
日本の親ロシア派の人たちは、YouTubeやテレグラム(この2つのSNSはロシアで利用が許されている)から、ロシア語でプーチン大統領の戦争がいかに愚かか、こんなことをしたら国際社会で相手にされなくなるぞと、なぜロシア国民に向ってメッセージを配信しないのか。
この人たちは、親露派といっても、本当はロシア人を馬鹿にし、ロシア国民への敬意も愛も持ち合わせていないのです。(続く)
井上達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者
1954年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業後、東京大学助手、千葉大学助教授を経て、1991年東京大学大学院法学政治学研究科助教授、1995年より2020年3月まで同教授。現在、東京大学名誉教授。本書以外の主な著作に、『法という企て』(東京大学出版会、2003年、和辻哲郎文化賞受賞)、『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫、2011年)、『世界正義論』(筑摩選書、2012年)、『自由の秩序――リベラリズムの法哲学講義』(岩波現代文庫、2017年)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会、2019年)、『普遍の再生――リベラリズムの現代世界論』(岩波現代文庫、2019年)、『生ける世界の法と哲学――ある反時代的精神の履歴書』(信山社、2020年)、『増補新装版 共生の作法――会話としての正義』(勁草書房、2021年)、『増補新装版 他者への自由――公共性の哲学としてのリベラリズム』(勁草書房、2021年)など。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。