いずれ徴集兵を戦地に送らざるを得なくなる

井上:インフレ率は10%に達しています。欧米からの制裁に対抗するために、欧米への天然ガスの供給を止めてしまったので、国営企業ガスプロムは大赤字です。戦時の軍事支出が膨大なので、財政赤字も膨れ上がっています。そして、ルーブルの暴落を抑えるために21%の高金利にしています。

 政府に厚遇されている軍事産業は良いですが、それ以外の民間企業はたまりません。

 インフレの一方で賃金が上昇しているから、国民の生活水準はまださほど低下していないけれど、賃金上昇は兵士や軍需産業に労働力が奪われ、労働力不足になった結果であり、民需関連の企業にとっては極めて厳しい負担になっています。

 年金生活者など賃金収入がない人々は困窮しています。

インフレは年金生活者など高齢者の生活を直撃している(写真:AP/アフロ)インフレは年金生活者など高齢者の生活を直撃している(写真:AP/アフロ)

 さらに深刻な問題は、膨大な兵力損耗を補う兵士の確保です。

 損耗した兵力とは、戦死者ばかりではなく、戦場復帰が不可能な重傷を負った兵士も含みます。これが累積的に増え、ロシアの攻勢強化とともに急増しています。戦死者と重症戦傷者をあわせて既に70万人とも言われています。

 徴兵で集めた人たちを戦地に直接派遣しないとロシア政府は約束していましたが、徴集された兵士を一部志願兵とすり替えて、戦地に送り込んでいたことも明らかになりました。国民の強い反発を買ったため、なんとか志願兵で乗り越えようと待遇をかなり上げています。

 志願してくる人の数も、かつては1日900人ほどいた時期があるようですが、今は500-600人です。

──この戦争でロシア兵が1日に1000人から1500人戦死する時期がしばらく続きました。

井上:兵力の損耗分を志願兵で補充できなくなっているのです。

 そこで北朝鮮から兵を送ってもらっているわけですが、この事実は、プーチン大統領が徴集兵を戦地に送ると国民の不満が爆発するのを知っており、それをいかに恐れているかを示しています。ただ、北朝鮮からの兵力の「輸入」にも拙著で説明したように限界があります。

 いずれ徴集兵も多く戦地に送らないわけにはいかなくなるでしょう。

 実は、徴集兵はウクライナ領内の戦線ではなく、国境や後方に配置していたのですが、既に触れたように、ウクライナのクルスク州侵攻以来、「専守防衛ライン」が緩和され、ロシア領内への敵地攻撃が可能になったために、徴集兵も戦闘に既に巻き込まれています。クルスク州ではロシアの徴集兵もウクライナの捕虜になっています。

 ここで、「ロシア人は権力に屈するだけの国民だ」と思い込んでいる人たちに想起してもらいたい歴史的事実があります。