「NATO東進帰責論」が間違っている理由
井上:プーチン氏は首相時代から大統領になった最初の頃まで、NATOとの関係は良好でした。NATO側もまたプーチン大統領を受け入れて、準加盟国にして、ゆくゆくはロシアをNATOに入れたいとまで考えていました。
状況が変わってきたのが、2003年のグルジア(現ジョージア)のバラ革命、2004年のウクライナのオレンジ革命あたりからです。旧ソ連諸国がどんどん欧米的な価値観を受け入れて民主化するようになると、ロシアは軍事介入を始めました。
2008年には南オセチア紛争で、ロシアは南オセチアとアブハジアという傀儡国家を作って独立させました。2014年には、ウクライナに対してクリミアを併合し、ドンバス地方にロシア軍が秘密裏に介入して親ロ派の傀儡政権を作ろうとしました。
かつてはロシア+G7で「G8」などと呼ばれていたのに、プーチン大統領が軍事的拡張主義の方向を取ったがゆえにNATO・西側諸国は離れていったのです。
それでも、西側の対応はずっと及び腰でした。南オセチア紛争やクリミア併合・ドンバス干渉でも、ロシアに対し外交的非難や軽い経済制裁はしたものの直接の軍事介入は一切しないという姿勢を米国も欧州諸国も貫きました。
今回のウクライナ戦争では対露経済制裁を強化し、ウクライナへの武器と軍事情報の供給はしていますが、直接の戦闘参加はしないという点で基本的に同じ姿勢に徹しています。
──ロシアを刺激しないように、むしろNATOはかなり気を使ってきたのですね。
井上:ロシアにとって、NATOは脅威を高めていたどころか、米国と欧州の内部対立により弱体化していたのです。
イラク戦争などジョージ・W・ブッシュ政権の一方主義的な軍事介入や、第一次トランプ政権の米国第一主義を通じて、欧米の間に亀裂が走るようになり、NATOも欧州だけで戦略本部を作ろうという動きを見せました。
前著『ウクライナ戦争と向き合う プーチンという「悪夢」の実相と教訓』(信山社、2022年)で詳論したように、ウクライナ侵攻の真因はロシアという国家の防衛ではなく、プーチン自身の権力の防衛です。