巨大すぎる城

江戸城が地味に思われがちな理由の第三は、城が巨大すぎることにある。なにせ城域が圧倒的に広大なので、通りいっぺんに見て歩いただけでは、全体像を把握しきれない。おまけに、皇居の敷地として豊かな自然が保たれているために、遠目には森のように見えてしまう。
また、本年1月2日掲載の「江戸城は「平山城」?それとも「平城」?江戸城の占地から見えてくる都市・江戸の成り立ち」でも述べたように、江戸城は平山城で、二の丸と本丸との間にはかなりの高低差がある。しかし、城域があまりに広大なために相対的に高低差が目立たず、平べったく見えてしまう。とくに、ニュース番組などでよく出てくる上空からの俯瞰映像では、平らな緑地が広がっているように見えてしまい、要害堅固な城というイメージがわきにくい。

第四の理由として、丸の内・大手町側の石垣が低いことがある(上記の第三とも関連する)。占地と縄張から評価するなら、江戸城の本来の防禦正面は千鳥ヶ淵〜半蔵門方面となるのだが、半蔵門が皇居専用の出入り口となっていて一般の立入ができないため、この方向から江戸城を訪れる人は少ない。
多くの人は東京駅や地下鉄の大手町駅を利用して、三の丸にある大手門から入場することになる。ところが、こちら側は堀幅は広いものの石垣が低く、一見して迫力に欠ける。なぜそうなっているかというと、江戸城が平山城だからだ。

近世の平山城とは、丘陵や台地の上面から麓の低平地にかけてを城域として囲い込むスタイルをとるから、平地側では城の内外での高低差がほとんどない。そこに石垣を築けば、どうしたって高さは出ない。高い石垣というのは、高低差のある崖面に石を積み上げることによって成立しているのだ。
こうした平山城では、平地側の石垣が低くなる分、水堀の幅をたっぷり取ることで防禦力を稼ぎ出しているのだが、素人目にはやはり高い石垣の方がインパクトが強い。東京駅や大手町駅から江戸城に向かうと、石垣が思いのほか低いので、「何だ、こんなものか」という印象になってしまう、というわけだ。

最後に、第五の理由として、現存建物の大半が重要文化財等の指定を受けていないことがある。江戸城には、櫓や城門、番所など、意外なほど多くの城郭建築が残っている。それらは、本来なら重文となっていて然るべき貴重な建物なのだが、大半は指定を受けていない。なぜなら、皇居の敷地内にあるものは、皇室の財産として宮内庁の管轄に属しているからだ。
重文や国宝の指定を受けていようが、いまいが、文化財としての価値は本来は変わらない。たとえば、どこかの城が世界遺産になったからといって、その城の難攻不落度や歴史的価値がアップするわけではない。観光資源としてハクが付くだけのことだ。
けれども、専門的な鑑識眼を持ち合わせていない普通の人たちは、重文や国宝といったレッテルで価値判断をするから、国宝・重文の建物が一棟もない江戸城=大したことない城、という認識になってしまう。

もったいない話ではないか。日本でいちばん交通の便のよい場所に、日本で最高の城があるにもかかわらず、多くの人がその価値を認識できていないのである。
もちろん巨大広大な江戸城は、たやすくその全容をつかむことができない。通常公開されている範囲だけでも、一日ではとても回りきれないのだ。であるなら、何日もかけて(何回にも分けて)、じっくり味わいながら歩けばよいではないか。歩けば歩くほどに、この城の壮大さや難攻不落ぶりがジワジワとしみ入るようにわかってくるだろう。
さらに、春秋に行われる乾門の通り抜けのような特別公開を組み合わせれば、楽しみはいっそうふくらむ。こんなに何度でもおいしい城なんて、他にない。あなたがその気になりさえすれば、最高の城歩きが楽しめるのである。
