重三郎が立ち上げた「耕書堂」の円印がない作品もあったワケ

 前回放送での『一目千本』と同様に『雛形若菜初模様』もドラマの中で見事に再現されている。

『雛形若菜初模様』のシリーズが刊行され始めたのは、安永4(1775)年のこと。『一目千本』が発刊された翌年のことである。実際の重三郎も、ドラマのようにエネルギッシュな人物だったのだろう。そこから天明元(1781)年にかけて約150点もリリースするいう、ロングセラーの大型企画となった。

『雛形若菜初模様』の版元は西村屋与八の永寿堂で、吉原サイドが持ちかけた企画であろうと考えられている。キーパーソンとなったのが、新吉原の大門前に「耕書堂」を開業した重三郎だ。

 別掲の写真は『雛形若菜初模様』からの1枚である。「松葉屋」「丁字屋」「扇屋」と並んで、吉原を代表する4つの遊女屋の一つ「角玉屋」の花魁・春日野を描いたものだ。

礒田湖龍斎筆『雛形若菜初模様・角玉屋内春日野』(江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵)/出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

 蔦屋重三郎が携わった証として「耕書堂」という赤い円印が、右下に押されていることが分かる。しかし、『雛形若菜初模様』には「耕書堂」という円印がない作品もあるため、シリーズとして刊行していく中で、西村屋と何かしらの確執があり、重三郎が手を引いたのではないかとも言われている。

 そんな背景から、今回のドラマでは、にわかに始まった重三郎の版元活動を内心、面白く思っていなかった鱗形屋孫兵衛(うろこがたや・まごべえ)が、実はひそかに西村屋とつながっており、重三郎を陥れるというプロセスが描かれた。

 昨年の大河ドラマ『光る君へ』では、紫式部による『紫式部日記』、藤原道長による『御堂関白記』、藤原実資による『小右記』、藤原行成による『権記』など、同時代を生きたキーパーソンの日記史料からイメージを膨らませて、巧みなストーリー展開がなされた。

 今回の『べらぼう』では、どのように物語を作るのかに注目していたが、残された芸術作品から、重三郎の奮闘ぶりを読み解いていく。そんな江戸文化を存分に楽しむ旅になりそうである。

 ここから重三郎は、挿絵が入った仮名書きの読み物「草双紙(くさぞうし)」の一種である「黄表紙」の出版や、社会を風刺する洒落本、そして狂歌ブームに乗じた狂歌集などを仕掛けていくことになる。どんな物語になるのか、楽しみである。