鱗形屋孫兵衛が手がけた『吉原細見』

(鷹橋忍:ライター)

今回は、大河ドラマ『べらぼう』において、主人公・蔦屋重三郎の出版界の師でもあり、ライバルともいえる片岡愛之助が演じる鱗形屋孫兵衛(うろごがたやまごべえ)を取り上げたい。

書物問屋と地本問屋

 鱗形屋孫兵衛の話に入る前に、当時の出版について簡単に触れておこう。

 江戸の版元は享保年間(1761~1736)に、取り扱う出版物の内容によって、「書物問屋(しょもつどいや)」と、「地本問屋(じほんどいや)」に二分されたという(松木寛『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』)。

 書物問屋は、「物之本(もののほん)」と呼ばれる歴史書、儒学書、医学書、仏教経典など、堅い内容の出版物を主に扱った。

 江戸の書物問屋の多くは、上方の資本によって設立された店舗、あるいは、上方の本屋が出店したものだった。書物問屋は「下り本(上方で出版された本)」を販売するだけではなく、専門書、および学術書などを出版する版元でもあったという(安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』)。

 対して地本問屋は、草双紙(絵入りの娯楽本)、浄瑠璃本、錦絵(浮世絵)など、江戸で出版された(地本)、書物問屋に比べて娯楽性の強い出版物を扱う。

 地本問屋にも、版元としての一面もあった。

 今回、ご紹介する鱗形屋孫兵衛は、江戸根生い(ねおい/生え抜き)の地本問屋である。

鱗形屋孫兵衛

 鱗形屋孫兵衛は明暦年間(1655~1658年)、あるいは万治年間(1658~1661)頃から、江戸で出版をはじめたとされる老舗の地本問屋の三代目で、鶴鱗堂、もしくは鶴林堂と号した(初代は加兵衛、二代目は三左衛門)。

 草双紙や芝居本、評判記など、数多くの出版している大版元であり、ドラマにも登場した『吉原細見』の出版は、享保中期(1725年頃)以後、盛んになり、複数の版元が手がけていたが、鱗形屋孫兵衛の単独事業となっていた。

 鱗形屋孫兵衛と蔦屋重三郎がどのように知り合ったのかは不明だが、ドラマでも描かれたように、安永3年(1774)、蔦屋重三郎は『吉原細見』の改め役を依頼されている。

 翌年、鱗形屋孫兵衛は、江戸文学史に名を残す画期的な作品を世に送り出し、大成功を収める。それは、初の黄表紙文学といわれる『金々先生栄花夢』である。