
(鷹橋忍:ライター)
大河ドラマ『べらぼう』では、主人公・蔦屋重三郎が江戸の出版界に足を踏み入れ、悪戦苦闘している。江戸の出版界や本屋は、現代とは大きく違う部分もあり、聞き慣れない用語も出てくるため、少しややこしく感じるかもしれない。そこで今回は、用語も踏まえて、江戸の出版界や本屋の仕組みを紹介する。
江戸時代の本屋
出版と卸売(取次)と小売は基本的に別である現代と違い、江戸時代の本屋は、一般的に版元(出版社)を兼ねていた(小売専業の本屋もあり)。
本屋では、貸本業を営むことも、古書を販売することも、さらに本の修理も、普通に行なわれていた。
薬屋や文房具店など、他業種との兼業も当たり前だった。
なお、当時は本に定価はなかったという(以上、鈴木俊幸『本の江戸文化講義 蔦屋重三郎と本屋の時代』)
書物問屋と地本問屋
江戸の版元は享保年間(1761~1736)に、取り扱う出版物の内容によって、「書物問屋(しょもつどいや)」と、「地本問屋(じほんどいや)」に二分されたという(松木寛『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』)。
書物問屋は、歴史書、儒学書、医学書、仏教経典など堅い内容の本を扱う。
書物問屋の代表的人物は、江戸一の大書商と称される須原屋茂兵衛(すはらや もへえ)で、里見浩太朗が演じる須原屋市兵衛は、茂兵衛の分家である。
対して地本問屋は、草双紙(絵入りの娯楽本)、浄瑠璃本、錦絵(浮世絵)など、書物問屋に比べて、娯楽性の強い出版物を扱う。
これらは江戸で出版されており、江戸生まれの「地物」ということで、「地本」と称された。
蔦屋重三郎も、片岡愛之助が演じる鱗形屋孫兵衛も地本問屋である。
ちなみに、「問屋」は「卸売商人」の呼称だ(佐々木克朗『江戸時代中後期における富裕商人の活動に関する研究 株仲間と酒田本間家』)。
書物問屋は全国的な流通組織を誇っていたが、地本問屋は地本がいわゆる地産地消(生産された地域内で消費すること)であるため、流通網は江戸限定の狭いものであった。
地本問屋が出版物を他国で売り出すためには、書物問屋仲間を通じて、「売弘め」を願い出たうえで、さらにその地の売弘め許可を取る必要があったという(鈴木俊幸『蔦屋重三郎』)。
蔦屋重三郎は寛政3年(1791)、数えで42歳の時、後述する「書物問屋仲間」に加入するが、江戸外への広域的な流通網を欲したのも、加入の理由の一つだと考えられている。
書物問屋と地本問屋は次に述べる「仲間」と呼ばれる組織も、基本的に別個である。