ナチスが犯した負の歴史から学ぶことは“自虐史観”か?

 式典2日前の25日、2月に実施される総選挙に向け、独極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が選挙キャンペーンを開始した。東部ハレの会場には4500人もの支持者が詰めかけ、集会は共同党首のアリス・ヴァイデル氏の反移民演説で幕を開けた。これまでも度々記した通り、AfDは過激派組織の疑いで、公安当局の監視下にある団体だ。

 会場が一段と盛り上がったのは、この場に富豪のイーロン・マスク氏がオンラインでサプライズ登場し、またしてもAfDへの確固たる支持を示したときだ。

 マスク氏が大っぴらにAfDを支持し始めたのは昨年末のことで、今月初めにはヴァイデル氏と1時間以上にも及ぶ対談をしている。それにもかかわらず、マスク氏はいまだに“にわか盟友関係”にあるヴァイデル氏の名前を「ヴィードル」と勘違いしている。

マスク氏の演説に熱狂するAfD支持者ら(写真:ロイター/アフロ)

 マスク氏は少なくとも祖父の代からドイツ系の血筋ではなく、ドイツの政治に口出しをする筋合いはほぼ皆無である。それでもマスク氏はAfDの決起集会で、この選挙にはドイツや欧州のみならず人類の未来がかかっていると大言壮語を吐いた。一連の発言の中でマスク氏が唯一示したドイツの歴史観は以下のようなものである。

「ドイツは古来の、本当に何千年も前から続く古い民族だ。ジュリアス・シーザーの記述を読んだが、初めてドイツの部族に遭遇したとき、彼は『ワオ、超すごい』と感心した。すごく強い戦士だと」

 ドイツ史についての薄っぺらい知識は脇に置くとしても、マスク氏はこの演説で、聞き捨てならない持論も展開した。同氏は、「はっきり言って(ドイツ人は)過去の罪悪感に焦点を当てすぎ」と述べた。つまり、ナチスドイツが犯した負の歴史に関する“自虐史観”を捨てよ、というのである。

 繰り返すが、マスク氏には、自身がCEOを務めるEV大手テスラの欧州最大の工場がドイツにあるというビジネス上の関連はあるとしても、ドイツに個人的なルーツがあるわけではない。現在のドイツの平和と繁栄は、先に記したようなナチスドイツの犯罪を正面から見据えた先人たちが、二度とあのような過ちを繰り返さないようにたゆまぬ努力を重ね、国際社会の信頼を回復したことでようやく手にしたものだ。

 多くの心あるドイツ人の心情にとってセンシティブなナチスドイツに関する内容を、マスク氏のようなドイツの歴史への理解が浅い部外者が軽率に上から目線で語る資格はないだろう。

 おまけにマスク氏は「ドイツ人であることを誇りに思っても良い」と諭しているが、過去の過ちを繰り返さぬと決意の固いドイツ人の多くは、すでに誇り高き人々だ。南アフリカ出身で、一時米国に不法移民として滞在していた疑惑のある人物から言われる筋合いのない、大きなお世話であると不快に感じるドイツ人も多いと思われる。筆者もドイツ育ちの一人である。

 しかし、マスク氏の言葉に決起会場のAfD支持者らは歓喜の声を上げた。AfDの極右支持者には、自虐史観を覆したいという人々が多数派のようだ。

 そもそもなぜ、ドイツとは関係の薄いマスク氏はこれほどAfD、そしてドイツ社会に執拗なまでに関与してくるのだろうか。実は、最近報道などを通じてマスク氏にAfD支持を促し、マスク氏のドイツ政治への“介入”をサポートする2人の「仕掛け人」の存在が浮かび上がっている。