マスク氏にAfD支持の寄稿を依頼したのは誰?
マスク氏のドイツやAfD支持についての知識の浅さと浅はかさは、12月末の独紙に掲載されたマスク氏自身の寄稿からも読み取ることができる。マスク氏は日刊紙・ヴェルトの日曜版で、なぜ自身がAfD支持をするのかについて書いている。
その中で、AfDが極右の過激派であるという認識が「明確に誤り」だと自身が考える理由について、ヴァイデル共同党首にスリランカ出身(移民)の同性愛パートナーがいるからだとしている。「これってヒトラーのように聞こえるだろうか?そんな訳ないだろう!」と結んでいる。

ヴェルト側は同じ紙面でマスク氏の寄稿に対し、編集長が反論記事を掲載している。そこには「AfDが極右過激派だということが『明確に誤りだ』というのはマスク氏の致命的な誤りだ」と書かれている。理由は、AfDにはドイツで禁じられているナチスのスローガンを使用したとして、数度にわたり有罪判決を受けた党員がいることを指摘している。
この党員は過去に、ベルリンのホロコースト記念碑を「恥の記念碑」と揶揄(やゆ)し、ナチスの犯罪行為への償いをやめろと呼びかけたこともある。編集長による反論記事はマスク氏の寄稿を皮肉る格好で「(AfDは)まるでヒトラーのようだ!」と結ばれている。
マスク氏への対論を載せたことで、一応は報道機関としての面目を果たしたかのようなヴェルト紙だが、寄稿掲載に当たっては、編集部内でも相当紛糾したことがうかがえる。同紙のオピニオン編集者が、マスク氏の寄稿掲載に抗議して辞任したからだ。
その上、マスク氏にAfDを応援する寄稿記事を書かせたのが、他ならぬ同紙のオーナーの1人であった疑惑も生じている。独シュピーゲル誌は、ヴェルトを傘下に持つメディア大手のアクセル・シュプリンガーの最高経営責任者(CEO)であるマティアス・ドプフナー氏が依頼したのではないかとの見方を報じている。
同社はこれを「激しく」否定したというが、シュピーゲルによれば、ドプフナー氏はマスク氏の熱烈な崇拝者であり、過去マスク氏を称賛するインタビュー記事を自ら書いたり、他に誰も候補のいなかった「アクセル・シュプリンガー賞」なる賞をマスク氏に授与したりしたという。
同誌はまた、裁判所の記録から、ドプフナー氏がマスク氏に旧ツイッターを買うことを熱心に勧めていたことも明らかにしている。さらに同誌は、ドプフナー氏傘下のヴェルト紙の発行人がこの騒動の後、マスク氏の寄稿を批判するのは「自由主義国家の敵」だけだとしたうえで、そうした人物の名前は記憶されるだろうと警告する弁護士の言葉をSNSに投稿していると伝えた。
シュピーゲルは、ドプフナー氏には米国での影響力を広げたい意図もあると指摘している。同氏は最近、米国のウェブメディアであるポリティコとビジネス・インサイダーを傘下に収めている。
マスク氏や仕掛け人たちの意図が何であれ、社会的弱者を標的にして勢力を伸ばし、罪なき人々の大虐殺という大罪を犯したナチスの再来を容認するかのようなマスク氏の恥知らずな行動に、誇りあるドイツの有権者が明確な「NEIN」を突きつけることを祈りたい。
楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。