「強いドル」を放棄すれば人民元国際化の橋頭堡に
もちろん、こうした「プラザ合意2.0」はメインシナリオではない。ただこの論点は、第二次トランプ政権だからこそ看過できないリスクシナリオの一つとして留意しておくべきものだ。
実際、「半世紀ぶりの安値」まで押し下げられた円の実質実効相場が短期間で大きく切り上がるとすれば、そのような力業くらいしか思いつかない。
通貨高(円高)を社会全体で忌避していた過去であれば受け入れの難しかった論点だが、現在は政治・経済的にも円安是正は歓迎されやすい雰囲気はある。あくまでブラックスワンとしての論点であるものの、「プラザ合意2.0」は興味深い論点である。
もっとも、米国が保護主義に訴えかけながら自国通貨の切り下げを先導した場合、「強いドル」への政治的意思には疑義が生じる。
実際、トランプ氏はドルの基軸通貨性にチャレンジするような動きをけん制する意図を明示している。「BRICS共通通貨を検討するような動きがあれば、追加関税100%」と述べたことはその象徴であった。
特に、BRICS首脳会議に名を連ねている産油国が結託した場合、ドルの基軸通貨性を担保しているとも言えるペトロダラー体制にくさびを打ち込む脅威にもなりかねない。
かかる状況下、米国は「強いドル」の庇護者として、断固たる意思表示が求められるという国際経済環境に置かれているという現実も知っておきたい。
「ドル高は嫌だが、基軸通貨の座を譲るのも嫌だ」というのは矛盾した主張でもあり、総合的に考えれば、第二次トランプ政権も基軸通貨性を担保すべく、「強いドル」を甘受するというのがメインシナリオになる。
米国自ら「弱いドル」を志向すれば、それが中国にとっては人民元国際化のための橋頭堡になる可能性がある。それをみすみす看過するトランプ氏ではあるまい。
重要なことは現在の政治・経済・金融情勢を踏まえると、米国が自発的にドル安誘導しようとすることに関し、日本、ユーロ圏そして中国がそれほど反対しない環境はあり得るということだ。その行方はトランプ氏の胸先三寸次第である。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2025年1月10日時点の分析です
唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。