(鷹橋忍:ライター)
今回は、大河ドラマ『べらぼう』において、渡辺謙が演じる田沼意次を取り上げたい。
父・田沼意行と八代将軍・徳川吉宗
田沼意次は享保4年(1719)に、江戸で生まれた。
寛延3年(1750)生まれの蔦重よりも、31歳も年長となる。
父は旗本・田沼意行(おきゆき/『寛政重修諸家譜』では「もとゆき」)、母は紀州藩士・田代七右衛門高近(たかちか)の養女である。
田沼家は、意次の祖父・田沼義房(よしふさ)まで三代にわたり、代々の紀州藩主に仕えていたが、義房は後に、病のため仕官を辞したという(『寛政重修諸家譜』)。
義房の子である意行は宝永元年(1704)、後に八代将軍となる徳川吉宗に召し出され、紀州藩士となった。
意行は、吉宗から厚い信任を得た。宝永2年(1705)に吉宗が紀州藩主の座に就くと奥小姓に任じられ、享保元年(1716)に吉宗が八代将軍となり江戸城に入ると、江戸に召されて、将軍の小姓を務めている。
以後、田沼家は幕臣で旗本の身分となったという(藤田覚『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』)。
九代将軍・徳川家重の小姓になる
意次は享保19年(1734)3月、16歳の時、次期将軍に決定している徳川家重(吉宗の長男)の小姓の一人に取り立てられ、家重が暮らす江戸城西丸に入っている。
父・意行は同年8月、小納戸頭取(こなんどとうどり/将軍の身辺の雑務を担う小納戸の長)に昇進するも、同年12月18日、47歳でこの世を去った。
翌享保20年(1735)3月、意次は17歳で遺跡を継いだ(知行は亡父と同じ六百石)。
元文2年(1737)には、従五位下に叙され、亡父と同じく主殿頭(とのものかみ)となっている。
意次は家重に重用され、めざましく出世していく。