最近、経済ニュースなどで「人権」という単語を目にする機会が増えたと感じている方は多いだろう。数年前までビジネスの世界でほとんど目にすることのなかった「人権」という言葉が、近年経営の重要アジェンダとして注目されている。
世界規模でビジネスを展開する大企業が増え、社会の中で企業の影響力が増すにつれ、企業が人権に悪影響を及ぼすことも増えてきた。
こうした中、国や政府だけでなく、企業も事業活動の中で人権を守り尊重していくべきだという考え方(「ビジネスと人権」と呼ばれる)や、そのための取り組みが国際的にもルール化され、ますます重視されるようになっている。
今回の記事では、2025年の始まりにあたり、企業が把握しておきたい「ビジネスと人権」の5つの主要なトレンドを取り上げて解説する。(石井麻梨:オウルズコンサルティンググループ・マネジャー)
1.「ものづくり」以外の世界でも顕在化する人権リスク
ここ数年、特にサービス業関連の企業の経営陣などに「ビジネスと人権」について話すと、「わが社は製造業のように原材料を調達していないので、児童労働や強制労働のような深刻な人権リスクは特にない」という反応が返ってくることが少なくない。
確かに、これまで注目を集めてきた人権リスクの中には、新疆ウイグル自治区における強制労働やアフリカのコバルト採掘場での児童労働など、いわゆる「ものづくり」の世界を中心に見られるものが多かった。
しかし、人権リスクは決して製造業だけの問題ではない。自社内でのハラスメントや長時間労働などのリスクは業種を問わず注意を要する。また、サービス業・IT業など「非・製造業」にあたる分野でも、業務委託先などで人権リスクが顕在化する恐れはある。
典型的な例の一つが、2023年にChatGPTの開発過程で発覚した人権侵害だ。
ChatGPTを開発する米国のAI研究機関OpenAIは、米国のSama社に、有害コンテンツを識別するためのラベリング作業を委託していた。
Sama社は米国に拠点を置きつつ、アジアやアフリカで多くの労働者を雇用している企業だが、ケニアの労働者が時給2ドルで児童虐待、性的虐待、殺人、自殺、拷問といった過酷な内容が含まれるコンテンツの確認・ラベル付けの作業に、長時間にわたり従事させられていたことが明るみに出たのだ。
「この仕事を通じて精神的な傷を負った」「拷問だった」とメディアに訴える従業員が複数出たことで、OpenAIは各所からの批判にさらされた。
◎ChatGPTやAmazonもつまずいた、「AI活用による人権侵害」をどう防ぐか(JBpress)
「海外の話であって、日本には関係ないだろう」と思ってはいけない。この後触れるように、日本でもメディア業界などで深刻度の高い人権侵害の事案が見られている。「ものづくり」に関わらない企業にとっても人権リスクは決して「他人事ではない」ことを改めて認識すべきだ。