国も「カスハラ」「リクハラ」防止に本腰

5.もはや自社内だけの問題ではない「ハラスメント」

 ハラスメントは従来、基本的に社内で起きる問題と考えられてきた。しかし近年、社外の関係者との間で発生するハラスメントにも注目が集まっている。

 一つはカスタマーハラスメント(カスハラ)だ。「お客様は神様なのだから、何をされても我慢すべし」という考え方には以前から疑問が呈され始めていたが、近年、国の調査などでも悪質なクレーマーの実態が明らかになり、社会的な問題と捉えられるようになった。

 2022年には政府が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、企業がカスハラについて具体的にとるべき対策などを示した。2024年には東京都が自治体として初めて「東京都カスタマーハラスメント防止条例」を策定し、カスハラの禁止を明記するとともに、事業者にも適切な措置を講じるよう努力義務を課している。

 今後はカスハラに関する法改正も予定されており、企業側もそれを見据えて対応することが求められるだろう。

 もう一つ注目すべきはリクルートハラスメント(リクハラ)だ。国内では、これまでにも大手企業の従業員がOB訪問の際に女子学生にわいせつ行為を行い逮捕されるといった事案が複数発生していたが、2024年には政府が企業に対して、就活生についてもハラスメント防止に向けた対応を義務付ける方針を示した。

「憧れの企業に入りたい」という求職者の想いを利用した不当な行為に、国も社会も極めて厳しい姿勢をとり始めている。

 企業は、顧客や求職者など社外関係者との間で起きるハラスメントも念頭に置き、これまで実施してきた「ハラスメント対策」の在り方をいま一度見直すことを迫られている。

 以上、2025年の始まりにあたって、「ビジネスと人権」に関する5つの主要なトレンドを解説した。人権尊重に取り組もうとする企業は、企業に人権を尊重する責任があることを初めて明記した2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則」などに沿って取り組みを進めていくことが基本となる。

 一方、国内外で新たに策定されるルールの動向や社会情勢の変化、これまでにない技術・サービスの登場などを受けて、考慮すべき人権リスクの範囲や、取り組みにあたって注意すべき観点が刻々と変化していく点には注意が必要だ。

 今回の記事で取り上げたものも含め、企業には「ビジネスと人権」を取り巻くトレンドの変化に常にアンテナを張り続けることが求められる。

石井 麻梨(いしい・まり)
 内閣府、財務省(内閣府より出向)、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社を経て現職。
 東京大学教養学部国際関係論学科卒業。London School of Economics and Political Science行政学修士(国際開発コース)修了。企業・NPOのルール形成戦略・新規事業戦略立案、官公庁を対象とした政策提言等のプロジェクトを経験すると共に、近年では企業の人権デュー・ディリジェンス支援等「ビジネスと人権」分野を中心としたサステナビリティ関連のプロジェクトに多く従事。
 著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』(共著: 日経BP社)がある他、日経ビジネス、現代ビジネス等の寄稿実績、経済産業省/中小企業庁「ビジネスと人権」セミナー(2021年)、農林水産省「食品産業の持続的な発展に向けた検討会(環境等配慮プロジェクトチーム)」(2023年)等での講演実績多数。
 労働・人権分野の国際規格「SA8000」基礎監査人コース修了。