アダム・スミスが提唱した“神の見えざる手”に代表されるように、元来、経済学の世界は「人間は合理的に行動する」ことを前提としている。ところが生身の人間がつくる経済社会においては、必ずしも合理的とは言えない行動が数多く存在しており、心理学的アプローチを踏まえて人間の経済活動を分析する「行動経済学」が、近年ビジネスにおいて注目されるようになってきた。本連載では『悪魔の教養としての行動経済学』(真壁昭夫著/かや書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。AI研究にも生かされ始めている行動経済学の視点から、良くも悪くも人間の意思決定に影響するマーケティング戦略について考察する。
第3回は、1979年に誕生したソニーの「ウォークマン」の事例を紹介。ヒットやブームを生み出す企業に求められる条件や、マーケティング戦略について見ていく。
音楽鑑賞の常識を変えた「ウォークマン」
――群集心理を高めてヒットやブームを生み出す5つの条件
企業が収益を増やすためには、自社の製品やサービスを使いたいと思う人たちを増やしていくことが大切だ。
価格が高かったとしても、「あの会社の、あの商品はどうしても欲しい」という人々の欲求を生み出し、それを高めることができれば、企業の業績は拡大するだろう。
行動経済学の観点から考えると、ユーザーを増やし、群集心理(ハーディング現象)を高めることがブームの実現には大切と考えられる。企業や商品のファンを増やすことによって、ブームが起きるのだ。
象徴的なヒット、ブームの例は、ソニー(現ソニーグループ)の「ウォークマン」だ。1979年に登場したウォークマンは、世界の人々の音楽の楽しみ方を変えたように思う。ウォークマンが登場する以前、人々は居間にステレオセットを設置するなどして音楽を鑑賞した。音楽は、再生機器が置かれた部屋で聴くのが当たり前だったのである。
ウォークマンの登場で、外出先や散歩をしているときなど、好きなときに高音質で音楽を楽しむことができるようになった。場所や時間を選ばず、良い音で好きな曲を聴きたい人は、ウォークマンを購入した。ウォークマンの使い勝手の良さを見聞きし、私も欲しいと思う人は増えた。音楽鑑賞の常識が変わったのである。