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 アダム・スミスが提唱した“神の見えざる手”に代表されるように、元来、経済学の世界は「人間は合理的に行動する」ことを前提としている。ところが生身の人間がつくる経済社会においては、必ずしも合理的とは言えない行動が数多く存在しており、心理学的アプローチを踏まえて人間の経済活動を分析する「行動経済学」が、近年ビジネスにおいて注目されるようになってきた。本連載では『悪魔の教養としての行動経済学』(真壁昭夫著/かや書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。AI研究にも生かされ始めている行動経済学の視点から、良くも悪くも人間の意思決定に影響するマーケティング戦略について考察する。

 第1回は、中国発の動画共有アプリTikTokを例に、「選択しやすい環境」が消費者の心理にどのように影響するのかを考える。

選択肢が多すぎると人は決められない
――ヒット商品を生み出すためには選択肢を絞ることが重要

 先日、就職したばかりの私の教え子から相談したいことがあると連絡があった。確定拠出型年金に関する相談だった。

「勤め先の総務部から“企業型確定拠出年金”の書類を渡され、どの商品に投資するか決めて申請してくださいと言われました。書類を見たのですが、非常に迷いました。

 だって、選択肢が多すぎるんです。日本株に投資する投信だけで20ファンドあります。海外株式は25ファンド、世界全体に投資するファンド、米国のハイテク株ファンド、アジア新興国投信などに分かれています。

 債券のファンドは、国債だけに投資する商品と、社債に投資する商品があって、混乱してしまいます。結局、何が良いかわからなかったので、すべて預金にしようと思います。先生、どう思われますか?」

 とのことだった。

 一般的に、選択肢が豊富であることは、満足度の高い意思決定に有効に見える。しかし、私たちの心の働きは必ずしもそうではない。選択肢が増えると、どれがベストな意思決定か、判断しづらくなるのだ。