写真提供:Jakub Porzycki/NurPhoto/共同通信イメージズ ※POLAND OUT

 生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか? 本連載では『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)の著書がある京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件は何かを探っていく。

 今回は、日清食品創業者の安藤百福氏に注目。彼が開発した世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」と、元祖フードテックとも言えるハインツの「トマトケチャップ」に共通する「超」イノベーションを生み出す秘訣とは?

安藤百福が描いた「製品コンセプト」とは?

 世界の即席麺市場は年間約1200億食を超える規模に成長している(2023年時点)。その原点となったのが、日清食品の創業者・安藤百福が発明した世界初のインスタントラーメンだ。

 お湯を注ぐだけで食べられる画期的な食品として日本で急速に普及し、「手軽さ」「長期保存」「安価」「おいしさ」といった特徴が支持され、世界中に広まった。本稿では、この革新的な製品開発を支えた「製品コンセプト」に焦点を当て、「超」イノベーションの秘訣を深堀りしていく。

 新製品を開発する際には、目指すべき製品のコンセプトを明確化することが必要だ。コンセプトはあまり簡単に達成できるものでは意味がない。一見不可能に見えるようなハードルの高いコンセプトを設定し、それに向かって努力するのが「王道」である。というのは、そのような実現困難なコンセプトを具現化することができれば、大きな成功を収めることが可能だからだ。

 1950年代の食糧事情の大きな課題を解決しようとする努力によりインスタントラーメンは開発された。そして、製品が真に革新的であったために、日本だけでなく世界中に普及し、「超」イノベーションとなったわけである。それでは開発の時点で、安藤は具体的にどのような開発目標を持って、努力したのだろうか? 「製品コンセプト」の特徴を吟味してみたい。

 彼が製品開発にあたって開発目標に設定したのは、以下の5つである。

  1. おいしくて飽きがこない味
  2. 家庭で常備できる保存性の高さ
  3. 調理に手間がかからない簡便さ
  4. 値段が安い
  5. 安全で衛生的なもの

 上記はトレードオフを含んでいる。例えば「保存性」と「調理の簡便性」の2つの目標がある。麺を長期保存するには乾麺にすればよいが、乾麺を戻すには時間がかかる。

 つまり、長期間保存できて、しかもお湯を注いですぐに食べられるような簡便な食品を実現するのは、「保存性と簡便性を両立する」と書いただけでは伝わらないほどの高い目標設定だったと言えるのである。