(写真右)トライアルホールディングス 取締役 兼Retail AI 代表取締役CEO 永田 洋幸氏(写真左)日本電気 リテールソリューション事業部門 主席ビジネスプロデューサー 納富 功充氏
※2024年取材当時
2024年1月にトライアルホールディングスとNECの共創による新たな取り組みが始まった。トライアルHDが運営する実店舗や施設に、NECの顔認証システムを導入し、フリクションレス※注な購買体験を実現する実証実験だ。未来の買い物や店舗運営はどう変わるのか。同事業を手掛けるトライアルHD 取締役 兼Retail AI 代表取締役 CEOの永田 洋幸氏とNECリテールソリューション事業部門 主席ビジネスプロデューサーの納富 功充氏に話を聞いた。
※注 購買行動におけるストレス(フリクション)をテクノロジーで解消してUXを向上させること。
顧客体験変革の実現に顔認証技術を選んだ理由
――流通・小売業におけるDXで先進的な取り組みをしているトライアルHDのリテールDXに対する考え方や戦略はどのようなものなのでしょうか。
永田 洋幸氏(以下敬称略) 私たちトライアルグループには、達成したいビジョンとして、流通・小売業界にある「ムダ・ムラ・ムリ」を減らし、テクノロジーと人の経験値で世界のリアルコマースを変える、というのがあります。
そのために、より良い顧客体験の提供、お客さまがもっと気軽にスムーズに買い物ができる体験を提供したいと考えています。そもそもお客さまの中には、日々の買い物に義務感を抱いている方もいるのではないでしょうか。多くの人は献立や必要な食材「今日は何を食べようか」「何が健康に良いか」など、多くのことを考えなければならない。そんな義務感のある買い物の時間が今よりもスムーズにできれば、お客さまの生活はより豊かになるはずです。
買い物の中で、お客さまの時間を奪うのはレジ周りです。レジに並ぶことで、ムダな待ち時間が発生します。そのムダを軽減するべく、大手コンビニでは、レジの行列を捌くための人手が確保されています。その分、商品価格に人件費が上乗せされている。レジに並ぶ必要がないという意味では、ECが便利です。ただし、配送料がかかるため価格は割高になります。ECでは生鮮食品など、傷みやすいものを扱うのが難しいというのも店舗との大きな違いです。
新鮮で良いものを安く買いたいお客さまは、リアル店舗を利用します。私たちは、そこで、より良い商品をより安くより便利に買える体験を提供したい。お客さまの買い物体験を向上させるには、店舗におけるフリクションレスが重要と考えます。そのために、これまでさまざまな実証実験をしてきました。
――顧客体験変革の実現、フリクションレス実現に向け、なぜNECの顔認証技術を選んだのでしょうか。
永田 フリクションレスに関しては、私たちも独自にさまざまな取り組みを重ねています。例えば、ショッピングカートにタブレット端末とスキャナーを搭載し、レジに並ぶことなく買い物ができるスマートカートシステム(Skip Cart®)を導入しました。しかし、このカートは大型店向けで、買い物点数が少ない、目的買いが多い小型店には向かないという課題がありました。

課題がある中で、会社全体としても、長期を見据えた戦略を見直す時期にありました。あらためて私たちが考えたのは、いかにデータに付加価値を付けていくかということです。そこで、顔認証を共通IDとしてお客さまの会員アプリまたはカードと紐づけ、さまざまなサービスをシームレスに提供することを考えました。
また、私たちは過去に顔認証システムを使って24時間営業・夜間無人で酒とタバコを販売する実証実験をしたことがあります。そうしたステップを踏んでいたことも後押しとなって、さらなるデータ活用を踏まえた顔認証に挑戦することにしました。
長期の戦略を描くには、導入する技術も高度なものであるべきです。顔認証で世界最高峰の技術を持つNECに相談してみたところ、NECも自社の技術を活用した成功事例を作りたいという課題を持っていたようで、話がトントン拍子に進んでいきました。
共創パートナーに求めるのは機動力の高さ
――内製化を重視してきたトライアルHDがなぜ共創を決めたのでしょうか。
永田 パートナーとなっていただく際に注目したのは、NECの機動力の高さでした。
私は米国シリコンバレーで起業した経験があり、多くのテクノロジー企業の方々と話をしてきたのですが、彼らの多くはテクノロジードリブンの考え方が強い傾向にありました。実際に高い技術を持っている企業もありました。それでも、多くの技術は広く市場に認知されるまでに時間やお金がかかっていましたし、素晴らしい技術なのに日の目を見ることなく消えていったものもありました。
新たなムーブメントが起きやすい土壌がある米国でさえそんな状況ですから、日本においてテクノロジードリブンで事業を行うのはより難しいでしょう。私は「いかにリアルに使えるか」という体験を創出する方がより重要だと考えていました。
そこで、NECに相談したところ、一緒に試行錯誤して成功事例を作っていきたいと、お互いの思いが合致しました。
担当の納富さんと初めてお会いする時、複数の関連テーマの関係者と共に福岡まで来ていただいて、その機動力と本気度に私たちは本当に驚きました。
納富 功充氏(以下敬称略) NECとしても、顔認証を事業としてしっかり建て付けたいと考えていました。いずれは業種・業界を超えて広く使われるようにしていきたい。となると、まずどの分野に注力するかも重要です。また、検証をNECだけで行うにはハードルがありました。そんな中、トライアルHDからお話をいただいたのです。
いただいたお話をチャンスと捉えた背景には、トライアルHDが小売業界の企業であったからというのがあります。小売業なら、顔認証を使っていただく頻度や密度が多いことが期待されます。年に1 ~ 2回しか使われないようなところで検証するのと、日や週に何度も使われるところで検証するのとでは、得られるデータが大きく異なります。

中でも特にトライアルHDと協業したいと思った理由は、新たな取り組みや挑戦に対する受容性が高い組織風土です。検証の過程ではいろいろなことが起こります。新しいものを生み出すには、挑戦を重ねて時には失敗もしながら改善していく過程が必要です。その点、トライアルHDは既に自社でいろいろ内製しながらさまざまな試行錯誤を重ねていて、なおかつスピード感もある企業です。私たちとしても良いチャレンジをさせてもらえるチャンスだと思いました。
手ぶらでの買い物が実現業界全体への拡大も目指す
――既に第一弾の取り組みが開始しています。現在はどういう状況でしょうか。
納富 2024年1月には、トライアルHDが運営するスマートストア「トライアル GO脇田店」とレストラン「グロッサリア脇田店」の2店舗のレジ決済、さらにトライアルHDの研究開発拠点(MUSUBU-AI、IoT Lab)や社員寮などの施設の入場管理に顔認証システムを導入しました。
家から出て会社に行き、帰りにレストランで食事をし、買い物をして家に帰るといった一連の生活の中に顔認証を取り入れた試みです。これによって買い物だけでなく、生活を通じてフリクションレスな行動ができると考えています。
その他、2024年9月には、大型店を含むスーパー7店舗に顔認証決済が導入され、一般消費者の方も利用できるようになっています。
顔認証の良いところは、財布もスマートフォンも要らない手軽さです。一度顔認証決済を体験すると、不可逆な、とても元には戻れない体験だと思います。
永田 そうですね。しかも、将来的には買い物がスムーズになるだけではないんですよね。免許証などの身分証明書も要らなくなり、顔認証が全てのIDとなる日が来るかもしれない。今までポケットやバッグに入れて持ち歩いていたものが要らなくなる。そんな状態が、目指したい世界の1つでもあります。
顔認証プラットフォームの目指す世界観と拡大ストーリー拡大画像表示
納富 顔認証の精度も上がっていて、メガネやサングラスはもちろん、マスクをしていても認証できるようになっています。認証時にメガネやマスクを外さなければならないようでは結局手間になってしまいます。お店に入った格好のまま顔認証決済ができるのが重要だと考えています。
顔認証だけではなく、トライアルグループのRetail AIが手掛けるPOSシステムとの連携の強化も検討しています。例えば、既に始まっている取り組みとしては、先ほど永田さんから話に出たスマートカートシステム(Skip Cart®)にも顔認証を導入済です。顔認証で個人を特定し、その人に応じたクーポンなどが配信できるようになっています。
永田 技術的には、顔認証で体調や体重の変化などを認識するのもそれほど難しくないはずです。得たデータを小売の現場にどうフィードバックするかという部分の方がむしろ難しい。すぐに実用化するのは難しいかもしれませんが、お客さまの心身の変化なども認識できるようになって、その変化に合わせて商品を提案できるようになれば、どんどんデータを蓄積していけるようになり、顔認証技術の可能性は無限に広がると考えています。
納富 そうですね。今は主に、トライアルHDの店舗で実証検証をしていますが、リテールAI技術開発拠点「リモートワークタウン ムスブ宮若」に集まっている他の小売業の方からも、いずれは導入を検討したいと言われています。リモートワークタウンには、IT企業だけでなく小売業やメーカーなど実にさまざまなプレイヤーが参加しています。これからそういった方々との連携も目指したいと考えています。
永田 リモートワークタウンは福岡県宮若市と当社が協力して始めたまちづくりプロジェクトで、日本最大級のリテールDXの最先端基地と捉えています。
本当に流通・小売のあり方を変えるのであれば、自社だけで進めていくのは不可能だというのが私たちの考え方です。多種多様な企業が参画・介在するエコシステムを形成し、それぞれが企業や業界の枠を超えた連携を通じて相互に刺激し合うことで、新たな価値が創出できる。私たちはそう確信しています。
NECとの今回の取り組みも、当社の導入だけだったらBtoBで成立する話ですが、当社のビジョンもNECの目的もそこではありません。当社が大事にしているのは、顧客体験変革を流通・小売業界全体に広げることです。それがビジョンでありパーパスであるからこそ、当社だけで完結するものではありません。
顔認証はあくまでも市場全体の豊かさを享受するためのテクノロジーであることを私たちは一緒に証明したい。そして、証明した後は、私たちだけでなく流通・小売業界全体や他の業界でも広く使っていただきたい。そうすることが大切だと考えています。
<PR>