160円以上が常態化すれば、さらなる利上げも
3月のマイナス金利解除は賃上げ機運に背中を押されたものだが、7月の追加利上げは円安によるインフレリスクの高まりを理由としていた。その経験もあって、夏以降の金融市場では「円安になれば利上げ織り込みが進み、それが落ち着けば現状維持への思惑が強まる」といった側面が相応にあった(図表④)。
【図表④】
日銀の政策反応関数において為替の占める比重は明らかに大きくなっており、上記の植田総裁インタビューでも「インフレ率が2%を超え始めている時に一段の円安になれば、それは中央銀行にとってはリスクが大きい動きとして、場合によっては対応しないといけなくなる」と述べている。
もともと、一国経済において為替は対外価値、物価は対内価値であり、表裏一体である。それを政府(財務省)と日銀で別個に掌握しようとする日本が世界的に特殊なのであり、円安に駆動された利上げは本質的におかしなことではない。
問題は金融政策の通貨政策化が市場予想の中心になると、会合前後で「円売りで利上げを煽り、利上げとともに円買いで益出しする」という投機的な行為が横行しやすくなるという事実だ。
こうした動きは通貨安に悩みやすい新興国では起きるものであって、先進国では稀有な事例である。
そうならないために日銀は極力、「為替と金融政策は直接的には関係がない」との情報発信に心を砕き、あくまで賃金・物価の好循環を押し出しながら利上げの継続を図ることが求められる。筆者は、そのロジックで進められる利上げはせいぜい0.75~1.00%と考えている。
裏を返せば、1.00%を超えて恒常的な利上げが実現している時は、そうではないロジック、恐らくは通貨防衛色が前面に押し出されて利上げを強いられている状況だろう。
1.00%を超えてもなお、利上げ期待が薄れていないような状況では、ドル/円相場は恐らく(市場では円売り為替介入のポイントと目されている)160円を超えるような状況が定着している懸念が大きい。FRBの「利下げの終わり」が争点化する2025年後半、そのような展開もリスクシナリオとして想定する価値はあるように思う。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年12月9日時点の分析です
唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。