ニュース番組やワイドショーの長時間化を背景に、テレビで街頭インタビューのシーンを見る機会が増えた。一般市民の「街の声」を紹介することで視聴者の共感を生む効果を期待するのだろう。しかし、「街の声」は紋切り型に陥りやすいばかりか、制作サイドの恣意性や偏向性の危うさを持つ。つまり情報操作の危険性を孕んでいるのである。安易に使われる「街の声」に、もっと慎重になるべきだ。
(岡部 隆明:元テレビ朝日人事部長)
ディレクターが恣意的に編集する「街の声」
ここで、街の声だな!
ニュースデスクは確信したように言いました。大きな事件・事故が発生すると、関連した要素をあれこれと盛り込んで多面的に伝えるのがニュース番組の常です。巧みに構成できるかどうかが、ニュースデスクの腕の見せどころになります。
30数年前、テレビ朝日入社1年目の私は、夕方のニュース番組のADを務めていました。スキルも経験も未熟でしたが、何かあれば約束事のように「街頭インタビュー(街の声)」が組み込まれることに違和感を抱いていました。
たまたま取材クルーと出会った人の、自由気ままな雰囲気を装いつつ、それでいてカメラを意識した、もっともらしい感想や意見——。
こうして放送される「街の声」は、ニュースの流れに沿って、無難な形で収まっています。それもそのはず、ディレクターが、うまく収まるように恣意的に編集するからです。
多角的な視点を提示しているようで、実際は、想定の範囲内のありきたりな意見に過ぎない場合がほとんどです。道行く人たちに声をかけて、瞬間的に答えてもらうので、そうなるのは仕方ありません。
また、市井に暮らす人たちの多種多様な意見を拾っている体裁ですが、時間も場所も回答数も限定的で、中途半端だと言わざるを得ません。
皮相的で、おざなりな「街の声」に対して、私は学生時代から条件反射的に警戒心を抱いてしまう習性がありました。
ところが、人生は皮肉なものです。