事件発生当初、一部メディアから犯人視されたお手伝いさん

 陽気で、他人に対して細やかな気配りもできる大下さんだが、不意に野崎氏の殺人事件に巻き込まれてしまった。野崎氏の遺体発見当時、野崎氏宅にいたのは大下さんと早貴被告の2人だった。そのため、大下さんに疑惑の目を向ける取材陣もいた。

 事件発覚当初、野崎氏宅前で取材陣に直撃された大下さんは、「自分は無罪です」と訴えた。ただ、そのときに着用していたブラウスがブランド物であったために「お手伝いさんが、あんな高級なブランド物を着ているのはおかしい」とワイドショーのコメンテーターらは指摘した。あたかも、金銭目当てで大下さんが野崎氏殺害に関わったかのような言いぶりだった。

 だが大下さんがブランド物のブラウスを着ていたのには訳があった。事件のために田辺市での滞在が長くなり、またあわただしい毎日で洗濯もままならず、着替えがブランド物しか残っていなかったというのである。

 第一、大下さんが野崎氏の財産を狙っていたとしたら、娘のAさんを説得して野崎氏と結婚させれば、間接的にだが、堂々と法的な権利を手にできていたはずだ。しかし先にも述べたように、大下さんにはそんなつもりはサラサラなかった。

 あらためて野崎氏が遺体で発見された2018年5月24日の野崎氏宅の人の出入りを振り返っておこう。

 この日、大下さんは15時過ぎに野崎氏宅を出て、父親の病院に向かった。そして20時過ぎに野崎氏宅に戻る。これは自宅に設置されている8台もの防犯カメラで確認されている。検察は15時から20時までの間、自宅に野崎氏と早貴被告の2人しかい時間帯に早貴被告がドン・ファンを殺害したと見ている。

 検察側の冒頭陳述では上記3人の行動を詳しく追っている。

15時13分 大下さん外出(以降、野崎氏宅には被告人と本人の2人きり)
17時58分 野崎氏が玄関から出て敷地内を歩く
18時1分 野崎氏が玄関から建物内に戻る(野崎氏の最終映像確認)

 その後、野崎氏は寝室のある二階に上がる

20時7分 大下さん帰宅(以降、野崎氏宅には野崎氏、早貴被告、大下さん)

 その後、早貴被告は大下さんと一緒に1階で一緒にテレビを見るなどする。途中、早貴被告は2階からの物音で大下さんから2階に上がるように促されるも2階に上がらない

22時36分 再度大下さんに促された早貴被告が2階に上がった後、すぐに1階に戻り野崎氏の異常を大下さんに伝える。早貴被告と大下さんがともに2階に上がり意識のない野崎氏を発見

 その後、早貴被告が119番通報、救急隊と警察が到着。死因は直ちには不明で解剖へ

 このような具合である。そして検察の冒陳では16時50分から20時0分ごろが犯行時間帯だとしているのだ。また冒頭陳述では18時1分に野崎氏の最終映像が確認されていたとしても、当時、野崎氏の体内に死因となった大量の覚醒剤が入っていた可能性があるとしている。もしカプセルで飲んだのなら、それが胃で溶けるまでに約40分の時間がかかるからで、覚醒剤を飲まされたのだとしたら最後に映像が確認された時間より40分程度前である可能性もあるということだ。

 こうして見てみれば、15時13分から20時7分まで野崎氏宅を不在にしていた大下さんが、野崎氏に覚醒剤を飲ませることなど不可能だということが分かる。では、大下さんと早貴被告が共謀していた可能性はどうだろうか。それも考えられない。