金銭解決は労働者保護に、AIの波で大リストラの可能性も

大内氏:そうとも限りません。結局は金銭の額によります。企業の解雇にかかるコストが高まればむしろ解雇規制は強まり、緩くなれば解雇の自由化につながるかもしれません。

──金額の設定は難しいのではないでしょうか。

大内氏:たしかに額の設定をめぐって議論はありますが、私は企業が支払うべき額は、労働者が解雇によって減少することになる生涯賃金額とすべきであると考えています。67歳まで雇用され続けたら得られたはずの賃金総額が、解雇によってどの程度減少するかは賃金統計によって推計が可能であり、その額を支払わなければ解雇できないとするのです。

 これによると、例えば大企業の従業員で勤続年数20年のときに解雇されると、補償額は月給38.2カ月分となります。勤続年数が20年くらいであると、転職後の勤続年数はそれほど長くないので、その後の収入の挽回は難しく、生涯賃金が下がるので、企業が負担すべき補償額は大きいものとなるのです。

解雇の「金銭的解決」はなぜ必要?(写真:NOBUHIRO ASADA/Shutterstock)

 一方、勤続年数が短い労働者は、解雇されても、その後の勤続年数が相対的に長く、収入が挽回可能なので生涯賃金はそれほど下がりませんし、逆に勤続年数が長い労働者は、すでに生涯賃金はある程度稼いでいて、解雇されても、失う賃金額がそれほど大きくならず、いずれの場合も補償額はそれほど多くはなりません。

 いずれにせよ、こうした完全補償ルールは、働き盛りの労働者の解雇についての企業の補償をそれなりに重いものとするので、企業側は軽率な解雇はできませんし、実際に解雇されたときでも、それによって大きな損失を被る労働者への補償をしっかり行い、生活保障を図れるのです。

 今後、デジタル化や人工知能(AI)が急速に普及し、社会の大きな変革の波の中で大リストラが起きる可能性は十分にあります。さらに、どのような仕事をするかを明確にした「ジョブ型雇用」を導入する企業も増えていますが、そのジョブに求められる能力が足りなければ、裁判所が解雇を有効と判断する可能性は十分にあります。

 現状の解雇ルールは、長期雇用を重視する日本型雇用システムとリンクして、企業に重い解雇回避努力を求めていました。しかし、日本型雇用システムが変容し、通年採用や中途採用など、必ずしも長期雇用を前提としない雇用形態が増えてくると、裁判所はそれほど厳格に解雇回避努力を求めなくなるでしょう。

 そうなると、解雇が有効と判断される可能性は高まるのです。もし解雇が有効と判断されれば、たとえ退職金や雇用保険の給付があるにせよ、十分な生活保障にはならないでしょう。労働者の生活を守る意味でも、十分な金銭補償をしなければ解雇ができないというルールは、来たるべき雇用社会の変容に備えるために必要なものといえるのです。