東京都「カスハラ防止条例案」で政府に先んじる

 法律に定義があり、対策が義務化されたハラスメントは、前述のようにパワハラやセクハラなど5種類しかありません。しかし、社会的影響の大きなハラスメントに関しては、法律によって対策を義務化しようとの動きが進んでいます。その代表格は「カスハラ(カスタマーハラスメント)」です。

 自己中心的で理不尽な要求を何度も繰り返す顧客の行為は近年、大きな問題となっています。理不尽な顧客対応を迫られる従業員の中にはメンタルなどの健康を害したり、仕事に悪影響が出たりするケースも少なくありません。このため、自民党のプロジェクトチームは2024年5月に厚生労働省向けの提言をまとめ、従業員保護の観点から企業に対策を義務付けるよう要請。岸田文雄首相も「法制化を含めて検討する」と国会で答弁しました。

 一方、東京都は「カスハラ防止条例案」を2024年9月の都議会に提出し、政府による法制化に先んじて同趣旨の条例を制定させる方向です。カスハラ防止条例は全国に例がありません。現在、カスハラは法令に定義がありませんが、東京都の条例では「顧客から就業者に対する著しい迷惑行為」「就業環境を害するもの」と定義づけ、「何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない」と明示。行政機関も含め、事業者側の責務を明確にする方針です。

 また、地方自治体では、ハラスメント全体を対象とした条例も次々と制定されています。地方自治研究機構の調査によると、ハラスメント防止を目的とする単独条例は2018年7月の東京都狛江市を皮切りに2024年8月現在、62の自治体で制定されています。とくに近年の増加が顕著で、2024年に入ってからは17自治体が制定するなど勢いは加速しています。

 もちろん、ハラスメント防止には多くの課題が残っています。

 例えば、国連の専門機関・国際労働機関(ILO)は2019年の総会で「仕事の世界における暴力およびハラスメントの撤廃」に関する条約を採択しましたが、主要国(G7)では日本と米国だけがこの条約を批准していません。そのため、ハラスメント根絶のための本気度に関し、日本は世界から疑問を持たれている状況です。

 ハラスメントそのものも決して減ってはいないようです。厚生労働省が3年おきに実施している「職場のハラスメントに関する実態調査」(2023年度版)によると、過去3年間でハラスメントに関する相談のあった企業の割合は、パワハラが64.2%、セクハラ39.5%に達しています。

「人の嫌がることをしない」「人をいじめない」ということが、そんなに難しいことなのでしょうか。ハラスメントに関する資料やデータを見ていると、そう思わずにはいられません。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。