
イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション――革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。
かつては、既存の優れたデザインや機能を模倣する「追従型(便乗型)の製品導入」を行う有力企業として知られていたサムスン。それが2000年代以降、イノベーションのリーダーに君臨するに至った背景とは?
業務遂行と革新実現

サムスンがエレクトロニクスのイノベーターとして台頭した鍵の1つに、TRIZを採用したことが挙げられる。
TRIZとは、1940年代に、なんとロシアの発明家でSF作家のゲンリヒ・アルトシュラーが開発した問題解決のためのシステムである。TRIZシステムは、イノベーターとなるべき人々に、現在の技術に内在する矛盾や失敗を分析し、その発見を足がかりとして、より優れた新しい解決策を構想することを促すシステムである。
TRIZシステムを1年間用いた結果、サムスンは50件の新しい特許を生み出したと報告している。TRIZの成果を目の当たりにして興奮したサムスンのリーダーたちは、2003年、数千人の従業員に対してTRIZのトレーニングを開始した。これには、TRIZの概念を韓国語に翻訳したサムスン幹部、キム・ヒョジュンの教科書が使われた。モバイル・ディスプレイ部門のマネージング・ディレクターであり、TRIZの熱心な信奉者であるセホ・チョンは、「TRIZシステムの使用は、創造的でない人々を創造的に変えることができる」と述べた。
本書の後半で述べるように、イノベーション実現のための方法論は長年にわたって数多く開発されてきた。TRIZはその1つである。
これらの方法論は、ビジネス上の課題を検討したり、既存の製品やプロセスについてさらなる疑問を呈したり、市場を分析したり、顧客のニーズや嗜好を理解するためのさまざまな方法を提供したりしている。これらのシステムには多くの共通点があるが、それぞれに特徴があるので、自らの組織に合ったある1つの方法論だけに惹かれるかもしれない。