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 イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション――革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。

 2020年に、28年連続で特許件数最多を記録した老舗IBM。イノベーション実現の遺伝子を、企業内で新しい世代に伝えていくためのヒントを探る。

イノベーションの実現をコーチングする

■ イノベーションが第2の天性になる時――中間管理職コーチはいかにしてIBMのイノベーションを促進したか?

 保険業とは異なり、ハイテク業界はイノベーションの実現に向けた挑戦が当たり前のように行われている場所である。

 ビジネスリーダーが組織をより革新的にする方法を学ぼうとする時、彼らはしばしばアップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、アマゾンといったドットコム時代に誕生した有名なテクノロジー企業に発想のきっかけを求める。

 これらの企業が、画期的なイノベーションによって巨大で成功したビジネスを築き上げたことは確かである。しかし、これらの企業やその有名な創業者、CEOにまつわる神秘性や魅力は、伝統的な業界の「普通の」企業が応用できるイノベーションの実現についての教訓を、時として曖昧にしてしまうことがある。

 テクノロジーの世界であっても、目を見張るようなイノベーションで注目を集める企業が、必ずしも他のビジネスリーダーが見習うべき企業とは限らない。例えば、米国で最も多くの特許を取得しているハイテク企業はどこかと考えた時、その答えに驚くかもしれない。

 アップルでもグーグルでもフェイスブックでもマイクロソフトでも、ドットコム時代の末裔でもない。

 実は、2020年に最も多くの技術イノベーションを記録した企業は、老舗企業であるIBMだった。1911年に設立されたIBMは当初、1880年代に開発された情報集約とコンピュータ技術を基盤としていた。そして、2020年の勝利は決して偶然ではなかった。2020年は、IBMが28年連続で特許件数において他社を凌駕した年だった。