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 イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション――革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。

 ここでは、ドイツに拠点を置く世界最大規模の化学企業BASFが、顧客のニーズに応えるために創出した新たなサービスモデルを事例として取り上げる。

イノベーションを生み出す習慣

 1865年に創立し長い歴史を持つBASFのように、過去に数々の成功を収めてきた多くの企業では、閉鎖的な組織文化が育まれる傾向がある。例えば、自らの専門分野で世界的にその地位を確立した社内のマネージャーや従業員達は、組織外の人間が自分たちに教えてくれることはない、と考えるようになる。

 競争が激しい業界に身を置くと、自分たちの大切な知的財産を守りたいという思いから、秘密主義に陥りがちで、会社の重要な利害関係者であったとしても、それらの外部の人との自由闊達な意見交換を敢えてしなくなる。

 BASFも例外ではなかった。当時の関係者の言葉を借りれば、同社の成功は「内から外(from the inside out)」によって推進されたものだった。それは、「企業内部の研究の卓越性であり、研究に専念したラボを通じたイノベーションの推進、効率的な製造と製品ラインの最適化に焦点を当てたコア・プロセスの設計、完璧なロジスティクス、信頼できる配送などによって体現されたもの」であった。

 こうした「内から外(inside-out)へ」の強みはいずれも、かけがえのない重要なものである。しかし、BASFは、同社や従業員自身が顧客から学び、外部環境の変化に適応できるような新しい「外から内(outside-in)へ」の能力を開発する必要があった。