仏教に傾倒し、タイの森の中の僧院で悟ったこと

 佐々さんのエッセンスが詰まった本書の話題は多岐にわたる。子育て中に感じたこと、息子さんの結婚式を前にダイエットに励む日々、日本語を学ぶ外国人を取材したルポルタージュ、タイトルの元となった「夜明けを待つ人」との出会いについて。

 死を書き続けるなかで「仏教」に傾倒していった過程も興味深い。ある時期、書けなくなった佐々さんは、インド、バングラデシュ、フランスなどの寺院をはしごしたあげくに、タイの森の中の僧院に流れ着く。しばらくそこに滞在し、瞑想や掃除をしながら過ごしているうちに、言葉を失っていった。

〈もし書けなくなったのなら、それは、それでいいではないかという気がしてきた。どんな道筋をたどろうと、どうせ、いつか私も灰になる〉

 だが、それもつかの間、ある光景を見た佐々さんは、思わず声を上げていた。そして悟るのだ。

〈なんだ。私はちっとも悟っていない。ひとたび何かがあれば、言葉は一瞬にして息を吹き返し、私はあいも変わらず命が惜しい。(中略)私はあいかわらず私だった〉

 インドのブッダガヤも訪れて瞑想するほど仏教に惹かれながら、自分は〈世俗にまみれて生きるのが性に合っている〉とも思う。そうなのだ、佐々さんは、逡巡や矛盾の状態に踏みとどまり、その状態を生き抜く強さを持っている人なのだ。死を書くことに畏れや迷いを感じながらも、全身全霊で死の現場を書き続けてきたように。余命を受け止めながら、希望を語るように。