「あとがき」に綴った覚悟と希望

 本が完成するまでの間も、佐々さんは手術を繰り返したという。それでも、推敲の手を止めることはなかったと田中さんは振り返る。

「ゲラを送ると、かなりの分量の赤字(修正)を入れてくるんです。新聞や雑誌に一度発表したエッセイにも、細かく手を入れていました。この本に限らず、完成度を求める力の強い作家です。苦労してノンフィクション作家になったからこそ、『佐々涼子』の名前を大事にしていると思います。自分に厳しい基準を設けて、何年もかけて1冊を作り上げる。寡作だけど、多くの人に読まれました」

 一方で、田中さんは、佐々さんのノンフィクション作家としての資質は、その行動の早さにもあると話す。

「取材させてほしいと最初に挨拶にいきますよね。菓子折りなどを持って、まだ受けてくれるかどうかわからないけど、行くんです。いいですよ、と受けていただけると、佐々さんはもうその瞬間、『明日から毎日通います!』と。場合によっては取材地に部屋を借りて『泊まり込みます!』と。そういった決断力は見事でした」

Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞後、集英社インターナショナルで笑顔を見せる佐々涼子さん(撮影:田中伊織)

 決断力と熟考の人。そんな佐々さんが本書のために唯一書き下ろしたのが「あとがき」である。闘病中に書かれた「あとがき」を受け取ったときの心境を、田中さんは語ってくれた。

「読んだときはショックでした。同時に、佐々さんがこれだけの覚悟で書いたのだから、絶対に良い本にして世に出さなければいけないという気持ちをあらたにしました」

 長年、人の死を見つめてきた作家が、自らの死をすぐ隣に意識したとき、何を思うのか。

〈昨年11月に発病した私は、あと数か月で認知機能などがおとろえ、意識が喪失し、あの世へ行くらしいのだ〉。佐々さんは病状を冷静に受け止めながら、それでも、希望を語る。

 このあとがきを、田中さんと編集部は迷った末に、立ち読みページに全文公開した。一人でも多くの人に読んでもらいたい。その気持ちがすべてに勝った。