過剰なデリスキングが招く産業空洞化の罠

 話を元に戻すと、ドイツの企業は、EUの方針に対して強い不信感を抱いている。EUが無理やりデスキリングを迫ったところで、ドイツの企業、特に自動車メーカーの反発は強くなるばかりだろう。そして反発を強めた自動車メーカーが、経営資源の中国への移管を加速させるなら、ドイツの産業空洞化に拍車がかかると予想される。

 またイタリアのメローニ首相も、欧州委員会の方針から距離を置いている。それに、デリスキングどころか中国との関係を緊密化させるハンガリーや、逆に中国との関係を断ち切ろうとするチェコやリトアニアといった国もある。このように、中国に対するEU各国の姿勢にはバラツキが存在しており、少なくとも一枚岩であるとはいえない。

 EUと中国との間の密接な経済関係は自然に成立したものだ。それを政治の要請で変えようとすると、当然だがハレーションが生じる。つまり、EUが出方を間違えれば、中国との関係に大きなひびが入り、EUから中国向けの輸出や、中国からEU向けの投資が減ることになりかねないわけだ。対中デスキリングはまさに「言易行難」の世界である。

 果たしてEUは、どう対中デスキリングを進めていくのか。その実現には綿密な戦略と戦術が必要なはずだが、EUがそれを用意周到に準備している印象はない。いわばEUは、見切り発車でデスキリングを進めようとしているに過ぎない。手探りともいえるが、双方の経済関係の深さに鑑みれば、デスキリングはそう簡単には進まないだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。