「働かないおじさん問題」に見る年功賃金の大きな矛盾

 これら、年齢で一律に区切る制度がはらむ弊害は、社内外へのネガティブメッセージになり得ます。会社としてはあえて主張しているつもりはなくても、社員たちや外部からは、会社側の認識と異なる姿が見えていることがあるのです。こちらも大きく3点挙げます。

 まず、ダイバーシティ&インクルージョン推進の流れに逆行していることです。年齢をはじめ、性別、国籍、学歴、特性、趣味嗜好、宗教などにとらわれず、多種多様な人材がお互いに認め合い、自らの能力を最大限発揮し活躍できることの大切さは社会全体で認識されています。にもかかわらず、年齢で一律に区切る制度を導入している状態は、真っ向からダイバーシティ&インクルージョン推進を否定していることになります。

 次に、年功賃金をベースにした旧来の人事システムから脱却できていないことの証明になっている点です。いまは徐々に崩れてきているとはいえ、いまだに多くの職場では年功賃金の傾向が見られます。

 しかし、年功賃金は大きな矛盾をはらんでいます。年齢が上がれば賃金も上がっていくわけですが、年齢と能力の上昇とが比例するとは限りません。個人ごとにその内実を確認してみると、上がり続ける賃金に能力が追いつかず、どんどん乖離してしまうという事態に陥ることがあります。いわゆる「働かないおじさん問題」などと揶揄されるゆがみです。

 そんな状況に対して合法的に終止符を打つためには、定年制度を設けたり、一定年齢で線引きして早期退職を募る必要が出てきます。つまり、それらの制度は能力を個々に見定めるのではなく、年齢が上がれば能力も上がるという暗黙の理屈を前提とした、年功賃金という不可思議な人事システムを維持するための必要悪として用いられているのです。

 最後に、若年層に対して不遇な未来を連想させてしまう点です。一定の年齢以上を戦力外と見なせば、その年齢未満の若手層は優遇されていることになります。しかしながら、若手層も必ず年齢を重ねていきます。早期退職の対象になったり定年を迎えた先輩たちの姿は決してひとごとではなく、若手層からすると未来の自分の姿そのものです。

 とはいえ、年齢が及ぼす影響は少なからず存在します。高齢になるほど体力が落ちたり、経験に頼りがちで新しい技術や知識を習得しづらかったりするといった全体傾向はあるのかもしれません。

 しかし、個人単位にフォーカスすれば、それらの傾向が当てはまらない人材はたくさんいます。それどころか、年齢を重ねることで熟練し、総合的な能力がさらに高まっている場合もあります。会社勤めであれば定年を迎えているような年齢の著名人を見ても、第一線で活躍し続けている人は枚挙にいとまがありません。

 ビッグ3と呼ばれ、長年にわたりトップランナーとして芸能界を引っ張り続けてきているタモリさん、ビートたけしさん、明石家さんまさんは、それぞれ78歳、77歳、69歳です。アニメ「ドラゴンボール」の主人公、孫悟空の声を務める野沢雅子さんは87歳、テレビの黎明期から活躍する黒柳徹子さんは90歳のいまでも冠番組を持ち、少なくとも100歳までテレビに出ようと思うと宣言しています。

 これら年齢にひもづくイメージを超えて活躍する人たちがたくさんいるにもかかわらず定年制度がなくならないのは、それが議論の余地なく合法的に正社員を辞めさせられる確実な手段だからに他なりません。