患者の生き方・あり方を尊重する〈治療の選択肢〉も重要

 効果のある化学療法が増えたからといって、BNCTが不要になるとは一概に言えない。たとえば、悪性黒色腫の標準治療では、転移がない場合には外科手術で原発巣を切除、リンパ節転移があるステージⅢA~ⅢCは手術の後に〈術後補助療法〉と呼ばれる化学療法で再発を予防する。他の臓器に転移があるステージⅣ期は、原則的には化学療法のみだが、手術で腫瘍を取り除いてから化学療法に入ることもある。つまり、標準治療から始めるとなれば、殆どの場合は手術をすることになるので、腫瘍ができた場所によっては、失われる機能や外見の変化などからQOL(生活の質)を大きく損なうことがある。

 井垣氏は、「どうありたいか」を重視してBNCTの治験に参加した悪性黒色腫患者のことを話してくれた。

「治験に参加したある患者さんは、手の指先に腫瘍ができていました。標準治療では、まず指を切断することを提案されましたが、指を失いたくないと手術を拒否されたのです。悪性黒色腫はがんの中でもかなり深刻なものですから、ほとんどの方が命の方が大事だと考えられるでしょうが、その方のように自分の人生において重要なのは何かを考え、失うことと得ることを自分の基準で天秤にかけて、『手術はしない』という結論を出す人もいらっしゃるわけです」

 標準治療を行うことは当然だけれども、患者のQOLも無視できない場合の選択肢にもなり得るのではないかと井垣氏は考えている。

「現在、第Ⅱ相試験を行っている血管肉腫は、皮膚だと頭皮にできることが多いのですね。手術では腫瘍よりも数cm大きく切除して植皮しますから、その部分は髪が生えてこなくなります。十分なマージンをとって切除しても、周りに腫瘍細胞が浸潤して残った場合には放射線治療を加えますが、さらに毛根へのダメージは大きくなります。高齢者に多い疾患でもあり、手術や放射線治療で身体、時間、経済的な負担をかけ、さらに外見の変化もやむなしとするのは、酷なところもあります。

 BNCTは治療にかかる時間も短く、従来の放射線治療よりも正常な組織への影響は小さいので、髪がまた生える可能性はあります。患者さんのQOLを尊重するという面でも、大事な選択肢になり得るでしょう。血管肉腫は希少がんゆえに標準治療はおろか、治療法も確立できていないこともあり、当センターの皮膚科の先生方は治験の成果を見て、BNCTをひとつの選択肢として考えるようになっています」(同)

 がんは、生物学的な命も、「どのようにありたいか」という魂をも脅かす病気だからこそ、患者にとっても医師にとっても、対抗する手立てはひとつでも多い方がいい。それも、正確な方法で効果が認められた保険適用の治療法だ。それが患者にとって絵に描いた餅にならぬよう、BNCTの施設が増えてきた今こそ、広く治療と臨床試験を行える仕組みづくりが急務だろう。