アメリカ生まれの治療法が現在は日本の独走状態に

 BNCTの歴史は古い。世界で初めて臨床試験が行われたのは1951年のアメリカで、研究用原子炉を使い、神経膠腫(悪性脳腫瘍)を対象に10年にわたって行われた。ところが、ホウ素化合物や中性子線の品質不良などから被験者の平均生存期間が半年にも満たない結果となったために臨床試験は中止、アメリカはBNCT研究からはいったん退いた。

 ただ、その間も世界各地でBNCT研究が進められていた。

 日本では東京大学に所属していた畠中坦(ひろし)が留学先のハーバード大学で学んだBNCTを持ち帰り、帰国してすぐに研究用原子炉を使った臨床試験を開始した。帝京大学医学部に移った畠中は、60年から90年にかけて200例以上の神経膠芽腫を治療して、良好な結果を蓄積した。また三嶋豊(当時神戸大学)らによる悪性黒色腫への臨床試験も行われ、日本が世界をリードしていく。

 患者への治療へと移行するためにネックとなるのは、中性子線を出す装置だ。中性子線を発生させることができるのは、当時は原子炉だけであった。病院に原子炉を設置することは現実的でない上に、メンテナンスのため長期間、停止させることもあるので継続的に治療法として用いるのには向かない。

 そこで、加速器を用いて中性子線を発生させ、しかも病院にも設置できる小型化した装置の開発が2000年頃から世界中で始まった。2012年にこれを実現したのが、京都大学と住友重機械工業が開発したサイクロトロン型の装置である。

 現在までに中国で5カ所、イタリア3カ所、ロシアと韓国が2カ所、フィンランド、スペイン、イスラエル、アルゼンチン、イギリス、台湾で各1カ所ずつ加速器BNCTシステムがあり、前臨床試験段階から開発中だという*2

 日本では国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)が2019年11月から悪性黒色腫と血管肉腫の第I相臨床試験を行い、22年11月から血管肉腫を対象とした第Ⅱ相臨床試験を開始した。

 江戸川病院(東京都江戸川区)では、23年7月5日から放射線治療後再発乳がんを対象とした特定臨床研究が行われ、全ての治療が終了し、次の特定臨床研究に向けて準備中だという。

 筑波大学附属病院 陽子線治療センター(茨城県つくば市)では、24年2月から初発の膠芽腫を対象に治験を開始した。この悪性脳腫瘍をBNCTの対象とするのは世界で初めてとなる。

 湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)でもNeutron Therapeutics, Inc.が開発したBNCT用照射装置を導入し、臨床開始を目指して調整中である。

 他にも中部国際医療センター(岐阜県美濃加茂市)、京都府立医科大学ロームBNCTセンター(京都府京都市)、岡山大学中性子医療研究センター(岡山県岡山市)も導入を計画している。既に2施設で治療を実施し、4カ所で加速器BNCTシステムが稼働していることを考えれば、日本が圧倒的に世界を大きくリードしているがん治療技術だといえる。

*2 静岡医療科学専門大学校「青翔保健科学ジャーナル」vol.3より