蜜月のロシアを心の底から信じられない「屈辱の過去」

 今のところアメリカとイランの全面戦争までには至らないが、それでも中・小規模の武力衝突は過去に何度も起きている。

 中でも1988年4月にアメリカが仕掛けた報復攻撃「プレイング・マンティス(祈るカマキリ)作戦」は規模が大きく、第2次大戦後に米海軍が経験した最大の海戦でもある。

 当時はイラン・イラク戦争の真っ最中で、ホルムズ海峡を航行のタンカーにイランが無差別攻撃を実施。「タンカー戦争」と呼ばれた。事態を重く見たアメリカは軍艦によるタンカー護衛を始めるが、イランが仕掛けた機雷に米軍艦が触れて爆発し、大きな損傷を負う。

 アメリカは報復措置として、空母部隊を出撃。イランの海上石油施設(プラットフォーム)やイラン軍の艦艇を攻撃機や爆弾、ミサイルで次々に撃破した。その結果、イラン側は多数の死傷者を出しフリゲート1隻、武装ボート多数が撃沈された。

 その後、イランはロシアとの関係を深め、前述のようにロシアから兵器や弾道ミサイル技術の供与を受けている。

2021年に行われたイランの軍事演習2021年に行われたイランの軍事演習(写真:Iranian Army Office/ZUMA Press/アフロ)

 またウクライナ戦争後は、逆にロシアに自爆ドローンを大量に送っている。今年4月にはロシア主導の経済協力連合BRICSに、サウジアラビアなどと共に正式加盟も果たすなど、両国は蜜月ぶりをアピールする。

 だが前出の軍事専門家は、「ロシアは歴史的に拡張主義・南下政策を指向しており、イランが心底ロシアを信頼しているとは思えない。実際イランは国土の一部をロシアに奪われそうになった過去も持つ」と解説する。

 イランは第2次大戦中の1941年にイギリス、旧ソ連に侵攻された歴史がある。俗に言う「イラン進駐」だ。

 大油田国のイランがナチス・ドイツに傾きつつあったため、これを阻止するとともに、連合国の一員となった旧ソ連に米英の軍需物資を供給する鉄道を確保するため、英軍が南部、旧ソ連軍が北部からそれぞれイランに侵攻。首都テヘランやイラン縦貫鉄道を占領した。

 その後イランは連合軍側にくら替えさせられ、レザー・シャー皇帝は息子のパーレビに皇位を譲って退位を余儀なくされる。

 1945年ナチス・ドイツの敗北後、協定に従い英軍は速やかに撤収したが、イラン北部に駐留の旧ソ連軍は約束を無視して居座り、同地で分離独立を叫ぶアゼルバイジャン人やクルド人の共産主義組織を支援。旧ソ連の傀儡(かいらい)政権を樹立する構えを見せた。

 最終的に米英の圧力などにより旧ソ連軍も間もなく完全撤収するが、「約束を破るロシア人」という負のイメージは今日でもイラン国民の心に刻まれているという。

「やり口がまるで現在のウクライナ戦争と同じ。旧ソ連が崩壊し、現在ロシアとイランは直接国境を接していないが、北部にはアゼルバイジャン人やクルド人が自治拡大を求めているとも言われている。この動きをうまく利用して、再びロシアが自国の生存圏拡大の一環として、イラン北部地域に触手を伸ばしかねない」(前出の国際ジャーナリスト)

 果たしてイランの新大統領は、いかなる対欧米、対イスラエル戦略で臨むのか注目したい。

【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。