では、米国では、誰がサプリメントの安全性を担保しているのか。それは法曹界と医学界だ。前者については、言うまでもないだろう。大西医師は、「『サプリメントの健康被害がある人は、こちらにご連絡ください』のような法律事務所の宣伝が溢れています」という。

 サプリメント訴訟の新規件数は、2019年65件、20年45件だ。和解に至った訴訟件数は公表されないので、これは氷山の一角だ。このような民事訴訟の多発が、サプリメント業界に強い圧力となっている。

 医学界の貢献も大きい。米国の一流学術誌にはサプリメントの有効性や安全性に関する論文が溢れている。例えば、米国医師会が出版する『JAMA(Journal of American Medical Association)』は、タイトルに「Dietary Supplements」という単語を含む論文を16報掲載している。このうち13報は、1994年のDSHEA法制定以降に発表されたものだ。ちなみに、『ニューイングランド医学誌』も16報掲載している。

 米国でサプリメントの健康被害の議論をリードするのは、ハーバード大学のピーター・コーエン准教授だ。『JAMA』に3報、『ニューイングランド医学誌』に8報の論文を発表している。

沈黙する日本医師会と東京大学

 私が注目するのは、日本医師会や東京大学からは、健康食品の被害を訴える声が聞こえてこないことだ。この違いは興味深い。

 私は、この差は日本と欧米の歴史にあると考えている。欧米において、医師は、弁護士、聖職者などとならび古典的プロフェッショナルと考えられている。報酬と引き換えに、自らのスキルを顧客のために使う。報酬は顧客からもらう。患者とは情報の非対称が存在するため、自己規律が重視される。このため、独自の職業規範が存在する。医師の場合、ヒポクラテスの誓いだ。

 古典的プロフェッショナルは、ギリシャ・ローマ時代以来の歴史をもつ。その組織は幹部が対等な立場で経営に参画し、基本的に独立して活動するパートナー制だ。マッキンゼー・アンド・カンパニーの中興の祖と言われるマービン・バウアーが、コンサルタントを古典的プロフェッショナルとみなし、その職業規範や組織を構築したのは有名だ。

 古典的プロフェッショナルが生きていくには、顧客の信頼を獲得しなければならない。サプリメントの健康被害に対して、医師が科学的に正確な情報を提供し、顧客との利益相反がないことを打ち出すのは、自らの利益に適っている。これが、サプリメント健康被害が社会問題化している米国で、多くの医師が論文を書き、『JAMA』などの一流誌が掲載する理由だ。

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