彼女が注目するのは、アベノミクスの一環として2015年4月に導入された機能性表示食品制度が、1994年に米国で成立した「食品サプリメント健康および教育法(DSHEA法)」を雛形としていることだ。その基本的骨格は、そっくりと言っていい。

 DSHEA法では、サプリメントを販売しようとする企業は、事前に米国食品医薬品局(FDA)の承認を必要としないことが法制化された。そして、企業は政府機関に届け出るだけで、ほぼ自由にサプリメントの安全性と有効性を記載できるようになった。この結果、米国民は、サプリメントの安全性・有効性について、製造業者の主張を信じるしかなくなった。これ以降、米国でサプリメントによる健康被害が急増している。

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 このことは、様々な研究により実証されており、米国では臨床医学の重要な研究テーマとなっている。数多くの論文が発表されているが、最も有名な論文は、2015年10月に、FDAなどの研究チームが、権威ある米国の『ニューイングランド医学誌(The New England Journal of Medicine)』に発表したものだ。この研究によると、全米で、サプリメントの健康被害による救急外来受診数は、年間2万3000件で、2150件の入院が必要だったとされている。

 この研究では、様々な合併症が報告されているが、最も多いのは、ダイエットや精力増強用のサプリメントで、動悸や不整脈などの症状が出ていたことだ。このようなケースの中には、本来は禁止されている成分などが混入している場合があることも、別の研究者によって報告されている。こうなると悪質だ。

『ニューイングランド医学誌』は、世界最高峰の臨床医学誌だ。この研究は、様々なメディアで報じられた。当然のことながら、米国でも、政府による規制強化の議論が盛り上がったが、急成長したサプリメント業界のロビー活動により規制は実現していない。

 例えば、2022年には、超党派の上院議員がサプリメント規制法案を連邦議会に提出したが、「サプリメント業界から献金を受けた議員が反対し、成立しなかった」(大西医師)という。このような事例は、州レベルでも存在する。DSHEA法成立後、急速に政治力をつけたサプリメント業界が、自らの利益を損ねかねない規制法に反対したという訳だ。

 現在、日本政府は健康食品の規制を強化しようとしているが、おそらく同じ結果に終わるだろう。

安全性の担保に動いた米国の法曹・医学界

 我が国での機能性表示食品の規制は、消費者庁が所管する食品表示法と、厚生労働省が所管する食品衛生法の二本立てだ。消費者庁は規制強化に前向きだが、食品衛生法の規制に関する議論は進んでいない。健康食品業界の多くは中小企業だ。大企業はともかく、中小企業は安全情報の収集に対応できない。彼らの利益を代弁する族議員やその意向を受けた厚労省が、食品衛生法の改正に後ろ向きであることも頷ける。まさに、米国で起こったことと同じだ。

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