『孤独な散歩者の夢想』(1778年)という、ジャン=ジャック・ルソーの晩年の作品などが最たる例だが、ダーウィン、チャイコフスキー、ゲーテなど、偉人たちが当てもなくほっつき歩くことが好きだったというエピソードは枚挙にいとまがない。だが、モノや情報の取得、人との出会いが最短・最速、超効率化された現代において、私たちは何かを入手するために歩き回る機会さえもテクノロジーに奪われている。
だからこそ、今取り戻さなければならないのは、当てもなくほっつき歩く「散歩」という習慣だ。私たちはいかにして豊かな散歩体験を獲得できるか。『散歩哲学 よく歩き、よく考える』(早川書房)を上梓した小説家の島田雅彦氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──哲学者、詩人、小説家、作曲家など、「思索家はよく歩く」と書かれています。発想力や思考力は散歩からどのような栄養を得ていると思われますか?
島田雅彦氏(以下、島田):「思考する」という時に、あるテーマについて掘り下げて考えていく姿をイメージするかもしれませんが、脳は実際にはもっとマルチタスクで、同時並列的にいろんなことを考えるようにできています。
そして、外界から様々な刺激を受けながら、そうした刺激に逐一反応しつつものを考える。こうした状態こそがニュートラルなのだと考えると、散歩こそ、脳が豊かに働くコンディションだと思います。
私は、小説を書く時にはやや集中した状態で書き進めますが、机に向かっているだけでは必ず行き詰まります。行き詰まることが最初から分かっているので、適当な時間がきたら外に出ます。そうすると、行き詰っていたところから、次の一手がふっと浮かぶ。
そうしたら、戻って続きを書き進める。もはや、散歩は仕事の中にスケジュールの一部として組み込まれています。
──創作に行き詰まると散歩に出かける、ということですか?
島田:そうですね。その点でいうと、散歩と同じ効果があるのが昼寝です。
──歩くのはいかにも脳が活性化しそうな気がしますが、昼寝もそんなに効果的ですか?
島田:寝起きが一番よく頭が働きます。30分ほど寝て起きると頭がすっきりしているから、すごくコンディションがいい。通常の睡眠に加えて昼寝を2回入れると、3回の目覚めがあるのでお得です。
1日に散歩2回、昼寝2回というのが理想ですが、これは私だけの仕事と生活のリズムではなくて、亡くなった小説家の古井由吉さんも、同じような習慣を持っていたと奥様からうかがったことがあります。
──本書では、数々の文豪たちの散歩について書かれています。散歩という習慣が色濃く作品に反映されていると島田さんが感じる作家は誰ですか?