(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 司馬遼太郎記念館に行ってきた。

 司馬遼太郎記念館は前から気にはなっていたのだが、奈良に行くたびに、今回はまだいいか、いつでも行けるわけだし、と行きそびれていた。

 記念館の最寄り駅は近鉄奈良線の八戸ノ里(やえのさと、大阪府東大阪市)である。近鉄奈良駅からおよそ40分ぐらいで着いた。

 今年の「初読み本」は小平奈緒の『Link』だったが、2番目に読んだ本が、司馬遼太郎の『街道をゆく41 北のまほろば』(朝日文庫)だったのである。このシリーズはここ数年間、断続的に読み続けていて、『北のまほろば』を入れて22冊を読了した。

 そしてこの巻を読んで、あまりの感動ゆえに、「よし、今回は記念館に行くぞ」と決心したのである。こんな大げさでなく、もっと軽く行けばいいのだが。

史資料を調べ尽くしたうえでなされた取材

 それにしてもこの『街道をゆく』シリーズは、そののんびりとしたタイトルに似ず、まさにすさまじい作品群である。実際にこのシリーズを読むまでは、国民的人気作家が小説のかたわら、気分転換に、気楽な気分で各地の街道を歩いて書いた軽い紀行エッセイの類だと思っていた。だから、こっちも気楽な感じで読めるな、と。

 ところがこれがとんでもなかったのである。

 司馬遼太郎は30代後半から40代にかけて、『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『坂の上の雲』『世に棲む日日』などの長編で、国民的人気歴史作家としてのゆるぎない地位を確立した。

 ところがその全盛期といってもいい40代後半、司馬は「街道をゆく」の連載を1971年1月に『週刊朝日』誌上ではじめたのである。「街道をゆく」の取材はほぼ毎月に及んだが、ただの気楽な取材ではなかった。

 取材先の地域に関するあらゆる史資料を収集し、読みこみ、調べ尽くしたうえでなされた取材だったのである。その博覧強記ぶりは「街道をゆく」1行1行のなかに、思うさま発揮されていて驚嘆せざるをえない。

 さらに驚くべきことは、もうどっちが主かわからないが、長編小説も同時に書かれていたのである。50代で『翔ぶが如く』『空海の風景』『播磨灘物語』『胡蝶の夢』『項羽と劉邦』『菜の花の沖』などを上梓し、さすがに60代になると「街道をゆく」が主になっていくが、それでも『韃靼疾風録』を執筆しているのである。