(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)
先月7月の下旬、早くもシオカラトンボ一匹を見つけた。カツラの並木の葉はすでに、3分の1ほどが黄葉しているのに気づいた。それ以前、まだ7月だというのに連日猛暑日がつづいた。季節は例年にくらべて、確実に2か月ほど前倒しで進んでいるようだ。
その少し前の6月下旬、初夏の奈良に行った。
盛夏と厳冬を避け、また人混みを避けるために、いつのまにか年2回の奈良行きは6月と12月に定着した。それゆえピーク時の桜も紅葉も見たことがなく、夏の燈花会にも冬の瑠璃絵にも行ったことがない(いつか行くかもしれない)。
寺社にも街中にも、バスにも店にも、人が少ないことが優先である。奈良なんかいつでも空いているだろ、というのは10年前の話である。近年はそうもいえなくなった。以前は京都のついで感が否めなかったが、いまではあきらかに、奈良が主目的に格上げされた感がある。近鉄特急の車両もきれいになった。
崩れかけの築地塀、修復費用が集まった
今回の目的のひとつは、西方院に崩れかけの土塀を見に行くことだった。土壁の間に瓦を練りこんだ築地塀(ついじべい)である(瓦塀とも奈良塀ともいわれる)。それを何本もの丸太ん棒で支えている。修復費用捻出のためのクラウドファンディングをやっており、目標額がたまったらしい。
拝観は事前に予約してくださいとあったので、数日前に電話をかけたら、唐招提寺につながった。西方院は唐招提寺の塔頭であり、奥の院ともされる。
当日、唐招提寺の正門前の道を、薬師寺のほうに曲がらず、まっすぐ行く。近鉄橿原線の踏切を超えると、右手に古びた山門と黄土色の土塀が見えてくる。5分ほどで着く。しばし丸太に支えられた塀を見る。
受付がわからなく、寺内に勝手に入りこんだ。おかしいな、予約が必要といってたのに、ノーチェックか。あとから3人の中年女性たちも入ってきた。
内側からも丸太ん棒で支えられている土塀や、五輪塔などを見て回っているとき、庭に受付の人らしき女性が現れた。