(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 昨年(2021年)末の12月19日、毎年恒例の、冬の奈良に行った。出発前、今回はどこの寺に行こうかと考えた。十数年前に奈良に行き始めた頃は、精力的に日に何か所も寺巡りをした。なにしろ奈良には国宝級の寺や仏像が目白押しなのだ。初期の頃は、そのすべてを網羅することが目的だったのである。旅のしかたを知らなかった、というほかない。

 いまではもうそういうことはない。4泊の旅行で、新しく行く寺を2、3か所に絞る。それで十分である。その他の時間は前に行ったことのある寺を再訪したりする。無為の時間も含めて、旅自体を愉しむことができるようになったのである。

 前から気になっていながら、いままで行っていない寺がある。今回は白毫寺(びゃくごうじ)に行くか、と思った。

「奈良、時の雫」が決定打に

 新薬師寺に行くたび、白毫寺の案内板が目に入り、毎回行ってみようと思うものの、なぜか行っていない。その標識から、まだ遠そうに思え、つい行きそびれるのである。薬師寺の国宝三尊像のような有名な仏像があるわけではない。唐招提寺の金堂(国宝)のようにたおやかで雅な本堂があるわけでもない。創建は1200年代とされ、そんなに古い寺でもない。だが行っていないことで、なおさら気になっているのだ。

 下調べのつもりで、保山耕一(ほざんこういち)氏の「奈良、時の雫」の映像を見た。2021年9月22日にアップされた「白毫寺、萩がこぼれるころ」、「白毫寺その2」(同23日)、「秋色」(同25日)の3作品を見た。これがまたよかったのである。俄然行く気が倍加した。山門までの緑がじつに鮮やかだった(わたしは紅葉の赤や黄の華やかさよりも、青もみじのほうが気に入っている)。決定である。

 ちなみに「白毫」(びゃくごう)とは仏像の眉間にある突起物のことだが、あれは毛が渦巻き状に丸まったものである。如来や菩薩の「眉間にある右回りに縮れたごく細い白毛で、これが光明を放って三千世界を照らすとされている」(小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)、https://kotobank.jp/word/%E7%99%BD%E6%AF%AB-120950)。トリビア的知識だが、この旋毛は伸ばすと一丈五尺(約4.5メートル)あるという。

 白毫寺のほかに行くもう一か所は、業平寺ともいわれる不退寺に決めた。

山門の階段を上れば絶景が

 白毫寺に行くには何本かのルートがある。わたしが辿ったのはあくまでもそのうちの一つにすぎない。JR奈良駅から3kmほど歩いて高畑町バス停のT字路まで行く。そこに大きな標識が立っている。