平安時代前期の歌物語『伊勢物語』は、和歌を中心に王朝貴族の恋愛模様が描かれた作品。一見難しく感じるが、実は現代のミュージカルや少女漫画につながる側面を持っているという。文芸評論家の三宅香帆さんと、高校で古典を教えたことがある谷頭和希さんの二人の会話から、学校ではなかなか教えてくれない、古典文学をおもしろく読む「コツ」を紹介する。(JBpress編集部)
(三宅香帆、谷頭和希)
※本稿は『実はおもしろい古典のはなし: 「古典の授業?寝てたよ!」というあなたに読んでほしい』(三宅香帆、谷頭和希著、笠間書院)より一部抜粋・再編集したものです。
ミュージカルと少女漫画の要素を持った古典文学
三宅:私がおすすめしたいのは『伊勢物語』*です。私、この作品が本当に大好きなんですよね。高校生のときに『伊勢物語』が好きで、そこから国文学をやりたいと思って、大学で文学部に進学することを決めたくらい。
*『伊勢物語』
平安時代前期の歌物語。11世紀以降に今の形になったとされる。作者未詳。和歌を中心に構成された125段から成る。在原業平を思わせる男を主人公として、一代記のような形をとり、王朝貴族の恋愛模様が描かれている。
『サラダ記念日』(河出書房新社)で有名な歌人・俵万智さんが『恋する伊勢物語』(筑摩書房)という解説本を出していて、それがとても面白いんです。私が『伊勢物語』に触れたきっかけもこの本でして。
『伊勢物語』は、歌物語に分類される作品。“和歌”と“物語”がどちらも入っているんです。高校時代、『恋する伊勢物語』を読んでから、次に『伊勢物語』の原文・現代語訳も読んだら、『伊勢物語』自体も好きになった。とても短いから、原文も読みやすいんです。いまでもやっぱりいい作品だなと思う。なぜ好きかというと、少女漫画の原型が全部あそこに詰まっているからね。
谷頭:なるほど。
三宅:私は文学以外に少女漫画やミュージカルがとても好きなんですが、そういったジャンルの特徴って「主人公のポエム」が出てくるところだと思うんです。
少女漫画では、物語が進行する途中で、例えば心の中のモノローグで「なんであの人のこと好きなんだろう」と言う。あるいはミュージカルでも、盛り上がったところで「なんで俺はこんな運命なんだ」と歌ったりする。『伊勢物語』もこれと完全に同じ。
『伊勢物語』は恋愛物語がたくさん詰まったアンソロジー・恋愛物語集としての性格を持つ一方で、その物語の合間に和歌で自分の心情や伝えたい思いを綴っている。
この後者の側面がまさに少女漫画の主人公ポエムの原型でもあり、またミュージカルでいえば物語と歌が同時並行するような形式の原型でもあると思うんです。自分の好きなもののルーツが、実は『伊勢物語』にあるんじゃないかって。
谷頭:ほほう。では三宅さんの今の活動や古典好きのルーツが『伊勢物語』にあるともいえるんですね。
三宅:そうなんです。古典を読むようになったきっかけは、中学3年生の頃に読んだ氷室冴子さんの『なんて素敵にジャパネスク』(白泉社)なんですが、それが平安時代を舞台にしたコバルト小説なんですよね。
氷室さんも作品を書くにあたって古典を元ネタとして参照したとおっしゃっていて、それを読んで古典に興味を持ったんです。で、そこから一番好きな古典になったのが『伊勢物語』だった。本当に自分のルーツにあるような作品なんですよね。