平安のお姫さまに学ぶ「あざとさ」
谷頭:『恋する伊勢物語』は実は、教科書にも採録されているんですよ。確か「芥川(あくたがわ)」の段だったかな。
三宅:嬉しい。「芥川」は特に好きなんですよ。
谷頭:典型的なラブストーリーではありますよね。
序盤の流れとしては、まず男がいて、思いを寄せている女性がいるんだけど、家柄の違いから成就しそうもなくて、駆け落ちをする。表現としては「盗み出す」と書かれているので、女性と両思いだったかどうかはわからないんですけどね。
で、女性を家から連れ出して、夜を過ごすために蔵に入るんだけど、実はその蔵には鬼がいて、女が食われてしまった、という話が「芥川」です。
実は僕、初めはその良さがわからなかったんですよね。中高生時代に授業で学んだときや、教員になった初めの頃は「芥川」が有名だからやっているだけだったので。
でも最近になっていいなと思ったのが、連れ出される女性がちょっと「あざとい」ところ。その女性ってかなり位が高い家柄の人で、いうなれば「深窓の令嬢」なんです。
三宅:その女性は「藤原高子(ふじわらのたかいこ)」がモデルといわれていて、当時のいわばお姫様。そのお姫様が、植物についた露(つゆ)を見て男に「あれは何?」と尋ねる。それで男も「あ、こんな露も見たことない女性を、自分は外に連れ出してしまったのか」と思い知ったはず。
谷頭:でも本当に初めて見たんだろうかというか、それってもはや演技とも思えるんですよね。
僕はその女性のあざとさが面白いなと感じたんですよね。もちろん本当に露のことを知らなかったのかもしれないし、わからないですけどね。いくら深窓の令嬢でもそんなことないだろう、って思っちゃって。
三宅:でも実際、主人公の男性にぶっ刺さっちゃう。
「芥川」の章では、最後に和歌として「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」と詠む。
つまり、「『あれは何、白玉(=真珠)かしら』って聞かれたときに、「『露だ』と答えて、俺も一緒に露となって消えてしまえたら良かったのに」と。……つまり、男にとって、姫のもっとも思い出に残るひとことが、白玉を知らない、白玉をみて「あれは何?」とつぶやいたことだったんですよ!「あれは何?」、ぶっ刺さっちゃってる。ズッキュンですよ。
谷頭:そうそう。「こういう女子いるな」と考えると面白いなって思った記憶があります。