「異次元緩和」からの出口を模索する植田・日銀総裁(写真:ロイター/アフロ)

日本銀行は1月22、23の両日、2024年初の金融政策決定会合を開きます。異次元緩和の出口を模索する日銀は今年前半にも「マイナス金利」を解除するとの見方が広がっていますが、そもそもマイナス金利とはどのようなもので、なぜ導入されてきたのでしょうか。やさしく解説します。

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「黒田バズーカ」導入から12年

 過去に例のないスケールで資金を市場に供給する日銀の「異次元緩和」は、2013年4月に始まりました。総裁に就任したばかりの黒田東彦氏の名前を取って「黒田バズーカ」とも呼ばれた政策です。あれから12年目。干支も一巡した今年は、副作用も多い異次元緩和の出口戦略を本格的に探す年になると言われてきました。

 マイナス金利は異次元緩和の手段の1つです。「お金を預けると金利がマイナスになる」という特異性もあって、金融緩和政策の象徴的存在となりました。まずは、マイナス金利が発動されるに至った経緯を振り返っておきましょう。


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 民主党が政権の座から滑り落ちた2012年12月の総選挙で、自民党はデフレからの脱却を全面に掲げて圧勝しました。その柱は「大胆な金融政策」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」という3つ。いわゆる「3本の矢」です。自民党総裁の名を冠して「アベノミクス」と称されました。自民党の政権奪還で第2次安倍晋三内閣が発足すると、その第1弾として翌年から早速、大胆な金融政策が発動されます。

 2013年2月、日銀と政府は共同声明を出し、デフレ脱却に向けて政策で協調していくと宣言しました。日銀は安倍政権の要請を受け、それまでの「年1%程度」としていた物価上昇の目標を「年2%程度」へと引き上げ。市中に大量の資金を供給していく姿勢を鮮明にします。このとき、安倍首相は「2%の物価安定目標を書き込んで(日銀の)責任を明確化させた画期的な文書」「(経済・金融政策の)レジームチェンジだ」と発言しています。中央銀行は政府からの独立が求められていますが、政策協調に関する共同声明を発するという異例の形で異次元緩和はスタートすることになりました。