米中間で関税戦争が勃発(写真:ロイター/アフロ)

トランプ相互関税に対する各国の対応を、泣き寝入りと報復関税に分けるとすれば、貿易戦争につながるリスクの高い報復関税措置は国家のプライドによるものなのだろうか?「相手がやったからこちらもやり返す」というこの一見感情的な行動には、実はゲーム理論に基づく経済学的な合理性が隠れている。その背景をわかりやすく解説する。

(小泉秀人:一橋大学イノベーション研究センター専任講師)

 経済学では、トランプ関税に対する中国をはじめとする一部の国々による報復措置を説明する際に、「しっぺ返し戦略(Tit-for-tat strategy)」という考え方が用いられる。これは、相手が前回取った行動を、そのまま次の自分の行動として採用するという、非常に単純な戦略である。

 例えば、アメリカと中国という2つの国が自由貿易を維持していた状況を考えよう。

 ある日、アメリカが中国製品に関税を課したとする。この時、中国が「しっぺ返し戦略」を採用していれば、即座にアメリカ製品に対しても同じように関税を課すことになる。こうして報復合戦が始まり、双方にとって経済的に不利益をもたらす状況が続くことになる。

 では、なぜ経済的に損失が大きいとわかっていても、各国は「しっぺ返し戦略」による報復措置をとるのだろうか。国民感情やプライドなど政治的な要因もあるかもしれないが、ゲーム理論的な解釈をすれば、この戦略が「将来的な協力関係を維持するための抑止力」として機能する可能性があるからである。

 もし一方の国が相手の関税措置に対し何も報復しなければ、相手国は「こちらは関税を課しても反撃してこない」と判断し、自国産業保護のために関税をかけ続ける可能性がある。それを防ぐために、関税措置には即座に報復するという強硬な態度を見せる必要があるのだ。それは、今回の米中の報復合戦を見ればイメージしやすいだろう。

 この戦略を図を使って説明しよう。