英国のトラス元首相=2022年10月(写真:ロイター/アフロ)
(白木 久史:三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト)
高市総理の就任当初は「責任ある積極財政」への期待感から株式市場が大きく上昇しましたが、ここにきて長期国債の利回りが17年ぶりの水準に上昇するなど、市場では経済政策の副作用への警戒感が高まりつつあるようです。
積極的な財政政策のためには国債の増発も厭わないとする新政権のスタンスに、一部には歳入の裏付けのない大規模減税を強行しようとした2022年の「トラスショック」を引き合いに出す向きもあるようです。果たして、高市政権の積極財政は、株、債券、通貨のトリプル安を招いた、英国の「トラスショック」のような「悪手」なのでしょうか。
そもそも「トラスショック」とは?
「トラスショック」は2022年9月に就任した当時のトラス英首相による、大規模な減税政策(通称「ミニ・バジェット」)が引き金となり発生した同国金融市場の混乱のことです。トラスショックにより英長期金利は急騰、通貨ポンドと株式市場は急落して英金融市場はいわゆる「トリプル安」状態となり、トラス首相は就任からわずか44日で退任に追い込まれました。
トラス首相は就任にあたり景気刺激策として約450億ポンドの減税案を発表しましたが、その主な内容は、①所得税の基本税率引き下げ、②高額所得者向けの最高税率(45%)の撤廃、③法人税率の引き上げ凍結、といったものでした。しかし、減税の財源が国債の増発であったため「財政規律が崩れた」との見方が急速に広がり、債券市場の急落(金利急騰)をきっかけに金融市場は大混乱に陥りました。

高市政権は、経済対策として、①戦略分野への積極投資、②ガソリン減税、③基礎控除の引き上げ、④物価高対策の補助金配布などを打ち出していますが、歳入の自然増では賄いきれない部分は国債の増発で賄うとしており、トラスショックをもたらした「歳入の裏付けのない減税策」との共通点を指摘する向きもあるようです。
「トリプル安」がちらつく日本の金融市場
高市政権の誕生直後は積極的な財政政策への期待感から日本株は大きく上昇し、日経平均株価は10月末には5万2000円台を付けましたが、その後はやや売りに押される神経質な展開となっています。また、ドル円レートは自民党総裁選挙で高市氏が勝利した直後に1ドル150円を突破、その後も円安ドル高が進行しています。そして、長期国債利回りは11月に入ると徐々に上昇を始め、2008年以来17年ぶりに一時1.8%を突破するなど、足元の状況のみを切り取ると日本の金融市場もちょっとした「トリプル安状態」にも見えてきます。
果たして、現在の日本の金融市場は「財政規律」への信認の低下をきっかけに起こった「トラスショック」のような、市場の混乱の瀬戸際にあるのでしょうか。