マーケットの新たな守護神、スコット・ベッセント財務長官。関税の大幅引き下げで米中が合意したことを受けて、米株式市場は急反発した(写真:ロイター/アフロ)

「トランプ関税で景気が悪くなるのはこれからなのに、どうして株価がこんなにあがるの?」とよく聞かれます。確かに、テレビをつければ難しい顔をした専門家が事の深刻さを解説していますし、新聞紙面にも大見出しで関連するニュースが報じられ、政治家は「国難だ」と大騒ぎをしています。しかし、ひとたび金融市場に目を転じると、日米を始めとする世界の主要な株式市場は4月9日の相互関税の一時凍結が発表されて以降、大きく値を戻す展開が続いています。こうした多くの皆さんの「違和感」の背景には、いったい何があるのでしょうか。

(白木 久史:三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト)

景気悪化はこれからなのに、なぜ株価が大幅反発?

 国内外の主要メディアは、ある種のキラーコンテンツともいうべきトランプ大統領の予測不能な言動とその経済政策を、世界経済の悪化懸念とともに大々的に報じ続けています。このため、経済政策の不確実性に関する「メディア報道の数」などを指数化した米国の「経済不確実性指数」は高水準を続けており(図表1)、日米通商交渉や米中貿易摩擦などの行く末に気を揉む人々の不安を掻き立てる結果となっているようです。

【図表1:米経済不確実性指数】

(注)データは2024年1月1日~2025年5月11日。経済不確実性指数は経済政策の不確実性に関するメディアの報道の数、今後の税制変更の数、エコノミストの経済予想と実績値の乖離を指数化し合成したもの。
(出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成

 一方、株式市場では米S&P500種指数が4月8日に前月末比で約11.2%下落して一時的に5000ポイントの大台を割り込みましたが、その後、4月9日に相互関税の一時凍結が発表されたことをきっかけに反発に転じ、足元の相場の水準は4月2日の相互関税発表前を既に回復しています。

 また、こうした動きは日本にも波及し、日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)も大きく連れ高しています。

トランプ関税の限界を見切る金融市場

 メディアが声高に危機を伝え続ける中で株式市場が急速に値を戻した直接的な理由はどこにあるのでしょうか。理由の1つとして、トランプ政権が市場センチメントの急速な悪化を受けて、関税政策を急きょ修正し始めたことが挙げられます。

白木久史(しらき・ひさし)三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト 都市銀行で資金為替ディーラー、信託銀行やロンドンの現地運用会社で株式アナリスト及びファンドマネージャー。2007年に大和住銀投信投資顧問(現三井住友DSアセットマネジメント)入社、日本株ファンドマネージャーとして中東産油国の政府系ファンドを担当。15年から米国現地法人社長、22年から現職。同社サイトでコラム「マーケットの死角」を連載

 そうしたトランプ政権の柔軟姿勢や金融市場への配慮を目の当たりにして、市場が「これは大事には至らない」と感じ始めたことが、このところの相場の底打ち・反転に大きく寄与したといって良さそうです。このため、市場の不安感を示すとされるS&P500種指数のボラティリティ指数(VIX指数)は4月初旬のピークから大きく低下し、同じく米国債市場の不安感を示すMOVE指数も急落しています(図表2)。

【図表2:VIX指数とMOVE指数】

(注)データは2025年1月1日~2025年5月12日。VIX指数はS&P500種指数オプションの価格から計算される価格変動性(ボラティリティ)。MOVE指数は米国の短期および長期国債のオプション価格から計算される市場のボラティリティを合成したもの。
(出所)Bloombergのデータを基に三井住友DSアセットマネジメント作成

 主要なメディアでは相変わらずトランプ関税による経済の先行き不透明感を大きく報じています。その一方で、金融市場は国益を重視するトランプ政権がとりうる関税措置の「限界」をいち早く見切っているようです。それにより、弱気筋が困惑する「想定外の株高」が進んでいると言えそうです。