ハッタリではなく「実効力のある脅し」が必要

 相手が関税を課せば自分も報復するが、相手が関税を撤廃すれば自分も撤廃する。互いに相手の行動を完全に模倣することで、相手に「関税を課しても得にならない」という認識を持たせ、協調的な行動へ誘導する効果がある。

 ただし、この戦略が有効であるためには、相手に「自分は報復措置を必ず取る」という「実効力ある脅し(credible threat)」を示す必要がある。口先だけで実際には報復しないと分かれば、相手は安心して非協力的行動を継続するだろう。

 実際に報復措置を行い、「自分も損失を被る覚悟がある」と相手が認識する必要がある。そのためには、報復関税をすると「言う」だけではなく、実際に今回のような場面に出くわしたときに、報復関税を発動し、相手が報復してくれば、また報復する、ということをしてハッタリでないことを示さなければいけないのである。

 また、この「しっぺ返し戦略」が機能するためには、相手との関係が長期的であることが前提となる。明日には関係が終わるような一時的な相手に対しては、このような報復措置は意味を持たない。長期的に協力関係を築く可能性があるからこそ、報復という手段が効果を持つのである。

 余談だが、この「しっぺ返し戦略」は国家間の貿易関係だけでなく、身近な職場の人間関係にも応用できる理論である。

 例えば、ある同僚が自分の忙しい時に助けてくれたら、自分も相手が困った時に助けるだろう。しかし、普段全く手伝わない同僚が困った時だけ助けを求めても、助けようという気にはなりにくい。

 つまり、お互いの協力を持続させるためには、「協力すれば協力を返す」「非協力なら非協力で返す」という戦略を明確に示すことが効果的なのだ。

 今回の米中貿易戦争に代表される報復関税合戦も、実は経済学的に見ると「協力を促すための合理的戦略」である可能性があることが理解できるだろう。短期的には損失が生じるものの、長期的な視点で相手との互恵的な関係を構築するために、この戦略が選ばれる可能性がある。

 しかし、一つ留意しなければいけないのが、上の図のステップ4で、関税引き上げを仕掛けてきた相手が同じようにしっぺ返し「返し」をしてくることによって、関税競争が永遠に繰り返されてしまうリスクである。まさに今、米中間で起きようとしている状況だ。これは、少なくとも中期的には米国も中国も避けたいリスクであろう。

 興味深いことに、中国や欧州連合(EU)などは、少なくとも前回のトランプ政権との貿易戦争でトランプ支持層を狙い撃ちにして、このリスクを回避しようとした節がある。