東京・霞が関の厚労省前で、最低賃金を全国一律で1500円以上に引き上げるように訴える労組関係者=7月11日(写真:共同通信社)
2025年度の最低賃金の目安は、全国の加重平均で時給1118円となった。現在の1055円から63円、伸び率では6.0%の引き上げとなる。最低賃金の引き上げは貧困対策や格差是正の議論と結びつきやすいが、はたしてどこまで効果があるのか。実は、経済学でみると意外な真実が浮かび上がる。今回は、最低賃金の「貧困対策としての有効性」と「賃上げ政策としての有効性」に、前後編に分けて焦点を当てる。まずは貧困対策としての有効性から。
(小泉秀人:一橋大学イノベーション研究センター専任講師)
最低賃金は本当に貧困対策になるのか?
物価高や格差拡大を背景に、日本でも最低賃金の引き上げが強く求められている。経済学的には、最低賃金の機能としては、(1)貧困の改善、(2)賃上げ、(3)不完全競争により不当に低い賃金の是正、の3つがある。
現在政府も「時給1500円」を目指す中で、特に(1)と(2)に焦点が当てられているという認識だが、まず本当に最低賃金は貧困対策として有効なのだろうか。直感的には「低所得者の賃金を底上げすれば貧困が緩和される」と思われがちだが、データと実証研究から何がわかっているかみていこう。
誰が最低賃金で働いているのか?
まず重要なのは、最低賃金労働者が必ずしも「貧困家庭の家計を支える稼ぎ手」ではないという事実である。諸外国と比較して日本では最低賃金政策の精緻な評価をするためのデータへのアクセスが研究者に許されていない。そのため、なかなか研究が進んでいない現実がある。
そんな中、44万世帯からなる就業構造基本調査を用いたKawaguchi and Mori(2009)の分析によると、表1にあるように、2002年時点で最低賃金で働いている人の約半数は世帯主ではなく、世帯年収が500万円以上の中所得以上の家庭の非世帯主であった 。
出典:Kawaguchi and Mori(2009)より著者作成
典型的なのは、夫の収入で家計が成り立っている世帯におけるパートタイムの既婚女性や、学生のアルバイトである。つまり最低賃金の引き上げは「低所得世帯の救済」よりも、「中所得世帯の補助的就労者の賃上げ」として作用しやすい。この点は、Stigler(1946)の古典的議論以来、最低賃金政策は「貧困層を狙い撃ちできない」という構造的限界を抱えている。