代替策:勤労税額控除(EITC)の導入
EITCは「世帯単位」で支援を行うため、最低賃金と異なり本当に支援が必要な世帯に絞った貧困対策となる。また雇用機会を直接奪わないため、労働市場への歪みが比較的小さい。
もっとも、EITCにも「低賃金労働が増えやすい」といった副作用はあるが、少なくとも「ターゲットのずれ」という最低賃金特有の問題は回避できる。
日本における議論の課題
日本では、最低賃金引き上げの議論が「格差是正」や「地方創生」といった大きなスローガンに結びつきやすい。しかし研究が示すように、最低賃金政策だけで貧困削減を実現するのは難しい。
むしろ「最低賃金=貧困対策」という単純な図式は危険である。最低賃金には「労働条件の最低基準を保障する」という役割がある一方で、貧困対策としては限界がある。政策効果を冷静に見極め、EITCのような直接的な所得支援の導入を検討すべきだろう。
【参考文献】
・Stigler, G. J. (1946). The economics of minimum wage legislation. American Economic Review, 36(3), 358–365.
・Okudaira, H., Takizawa, M., & Yamanouchi, K. (2019). Minimum wage effects across heterogeneous markets. Labour Economics, 59, 110–122. https://doi.org/10.1016/j.labeco.2019.03.004
・Kawaguchi, D., & Mori, Y. (2009). Is minimum wage an effective anti-poverty policy in Japan? Pacific Economic Review, 14(4), 532–554. https://doi.org/10.1111/j.1468-0106.2009.00467.x
・Kawaguchi, D., & Mori, Y. (2021). Estimating the effects of the minimum wage using the introduction of indexation. Journal of Economic Behavior & Organization, 184, 388–408. https://doi.org/10.1016/j.jebo.2021.01.032
・Kanayama, H., Miyaji, S., & Otani, S. (2025). Who bears the cost? High-frequency evidence on minimum wage effects and amenity pass-through in spot labor markets. arXiv Preprint, arXiv:2505.04555. https://arxiv.org/abs/2505.04555 (UTMD Discussion Paper 089 版もあり)
小泉秀人(こいずみ・ひでと)一橋大学イノベーション研究センター専任講師公共経済学・ミクロ理論が専門で、近年は運と格差をテーマに研究に取り組む。2011年アメリカ創価大学教養学部卒業、12年米エール大学経済学部修士課程修了、12〜13年イノベーション・フォー・パバティアクション研究員、13〜14年世界銀行短期コンサルタント、20年米ペンシルベニア大学ウォートン校応用学部博士後期課程修了、20年一橋大学イノベーション研究センター特任助教、21〜24年一橋大学イノベーション研究センター特任講師、23〜25年経済産業研究所(RIETI)政策エコノミスト、25年4月から現職。WEBサイト、YouTube「経済学解説チャンネル」



